We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

カテゴリ: OSHOネオタロット


29.Gratefulness
   感謝

あなたのハートが感謝でいっぱいになっているときは、
閉じているように見えるどんな扉でも、
さらにもっと大きな祝福への開きロとなりえます。





 禅の究極を達成した女性たちはごくわずかしかいない。
    蓮月(れんげつ)はそうした女性たちのひとりだ。

 彼女は巡礼の旅をしていた。
日が暮れるころある村に着いたので、一夜の宿を求めた。
だが、村人たちは扉を手荒く締めた。彼らは町の伝統的な
仏教徒だったにちがいない。彼らはこの禅の女性がそこに
泊まるのを許さなかった。彼らは彼女を村から追い出した。

 寒い夜で、年老いた女性には泊まるところがなかった
 ……それに空腹でもあった。

彼女は野原に立っている一本の桜の樹を
 拠りどころにしなければならなかった。

ほんとうに寒くて、彼女はよく眠れなかった。
 それに危険でもあった。--野性の獣や、何もかもが、--

 彼女は真夜中に目が覚めた--とても寒かった。

 そして、春の夜空に、満開になった桜の花が、
 おぼろ月に向かって笑っているのを見た。
 その美しさに圧倒されて、彼女は起きあがり、
 村の方角に向かってお辞儀をした。

       私が泊まるのを断るという
           彼らの親切さゆえに
       私はこのおぼろ月の夜に
          花の下にいる自分に気がついた

非常に感謝して、彼女は自分の宿泊を断った人たちに礼を言った。
さもなければ、彼女は普通の屋根の下で寝ていて、

             この祝福を!

--この桜の花、おぼろ月とのささやき合い、

    そして夜の沈黙、
   夜のこの完全な沈黙を逃していたことだろう。

   彼女は怒ってはいない。
     彼女はそれを受け容れる--

    それを受け容れるだけでなく、それを喜んで迎え入れる。
                      彼女は感謝する。



           生は途方もない。

そして毎瞬、毎瞬、
それはあなたへの千とひとつの贈りものをもってやってくる。

だがあなたは、欲しがっている。
自分のマインドで非常に忙しく、心を奪われているために、
自分の考えであまりにもいっぱいになっているために、
その贈りものをすべて拒絶する。

  神はやって来る--あなたは拒絶しつづけている。

    生がもたらす全てを感謝をもって受け容れる瞬間、
                人はひとりの覚者になる。



    ZEN:THE PATH OF PARADOX,Vol.3,Dp.179-180


32.Beyond the Small Family
   小さな家族を超えて

あなたは全体の一部です。存在に属しています。

部分への執着に、
より大きな全体へと入っていくのを妨げさせてはいけません。


Bhagwan Shree Rajneesh

 イエスに関する非常に神秘的な物語、
(愛情深い)イエスにしては、非常に厳しく見える物語がある。

 彼は群衆に語りかけていた。すると、誰かが言った。

 「イエス、あなたのおかあさんが
  外の方で待っていらっしゃいます。
  でも、人の集まりが大きすぎて、
  彼女はなかに入ってこれません。
  あなたに会いたがっておられます」

イエスは言った。「誰も私の母ではない」



 そしてあるとき、
イエスがまだ子どもだったころ、父母と共に毎年
恒例の祝祭でユダヤの偉大な寺院に来ていたが、
両親から離れてしまった。

両親は捜しに捜し回った。
そして夕方になり、彼らが心乱れ、ひどく心配に
なっていたところで、ようやくイエスが見つかった。

彼はある学者たちといっしょに坐っていた

--子どもにすぎないのに、
   彼は未知なるものについて
   彼らとなにごとか議論していた。--

父ヨセフは、彼のところに行って、こう言った。

 「イエス、ここでなにをしている?
  私たちは一日中お前のことを心配していたのだよ」

 イエスは言った。

  「私のことは心配しないでください。
   私は、私の父の仕事をしていたのです」

 ヨセフは言った。

 「私がお前の父親だ……それに、ここで
  どんな仕事をしているというのか?
   私は大工だ!」

 ところが、イエスが言った。

  「私の父は天にいます--
    --あなたは私の父ではありません」



 子どもがまさに
母の肉体を離れなければならないように、人もまた、
いつの日か、父母の子宮から精神的に出なければならない。

--肉体的にというだけではなく、精神的にも、
--精神的にというだけではなく、スピリチュアルな意味でも。

そして、子どもがスピリチュアルな意味で生まれるとき、
過去から完全に脱けるとき、過去との関係を究全に絶つとき、

そのとき初めて、その子は自己に、独立した現実になる。

それまでは、
母親、あるいは父親、あるいは家族の一部だったにすぎない。

        けっして自分自身ではなかったのだ。


            NO WATER,NO MOON,pp.173-179


 もしあなたが家族と恋に落ちたら、
 その愛を超えなければならない。

 さもなければ、
 その愛そのものが、
 その執着そのものが、
 もっと大きな全体へと入ってゆくのを許さない。


            COME FOLLOW ME.Vol.2,p.122


12.Receptivity
   受容性
 積極的に答えを探し求めるのをやめるときです。
 自分自身を空からにして、全存在を受け入れるようになりましょう。
 ただリラックスして待ち、楽しむことです。


哲学の教授が、禅のマスター、南院のところに行って、
 神、瞑想、さらに非常に多くのことをたずねた。
 
マスターは沈黙したまま聴いていた。
そして言った。

 「あなたは疲れているようだ。あなたはこの高い山を登ってきた。
  あなたは遠いところからやって来た。
  まず、あなたにお茶を出させてほしい」

哲学の教授は待った。彼は質間で沸き立っていた。
だが、湯沸かしが歌い、茶の香りが広がり始めて、マスターは彼に言った。

 「待つがいい!そんなに急いではいけない。
  誰にわかる? 茶を飲むことによってすら、
  あなたの質問に答えが出るかもしれないのだ」

 教授は自分の旅全体が無駄だったのではないかと思い始めた。
 「この男は狂っているようだ。
  お茶を飲むことで、
  神についての私の質問に答えがでることなどどうしてありえよう?」  だが、彼は疲れてもいたので、山を下りる前に一杯のお茶を飲むのも悪くはなかった。  マスターは急須をもってきて、茶碗に茶を注いだ。茶は受け皿にあふれだしたが、  彼は注ぎつづけた。そして受け皿もいっぱいになった。   あと一滴で茶は床にこぼれる! 教授は言った。   「おやめください! なにをやっているのです?    茶碗がいっぱいなのが、受け皿がいっぱいなのがわからないのですか?」  すると南院は育った。  「これこそあなたが入り込んでいる状況だ。   あなたのマインドはあまりにも質問でいっぱいになっているために、   たとえ私が答えたとしても、その答えが内に入ってゆくためのスペースが   あなたにはまったくない。」     「それに、私はあなたに言うが、あなたがこの家に入ってからというもの、   あなたの質間がそこらじゆうにあふれている。   この小さな小屋はあなたの質間でいっぱいだ!」     「戻るがいい、自分の茶碗を空からにして、それから来るがいい。   まず、あなたのなかに小さなスペースを創ることだ」  あなたは南院よりももっと危険な人物のところに来た。  私とだと、空の茶碗ではだめだからだ。  茶碗は完全に壊されなければならない。    空であっても、もしあなたがそこにいたら、あなたはいっぱいだ。  あなたのなかに茶を注ぎ入れることができるのは、あなたがいないときだけだ。 あなたがいないとき、実際には、あなたのなかに茶を注ぎ入れる必要などない。 あなたがいないとき、全存在があらゆる次元から、あらゆる方向から注ぎ始める。           ROOTS AND WINGS,P.3



36.Gates of Hell
   地獄の門
 地獄にいるか、あるいは天国にいるかという選択権は自分自身にある
ことを瞬間ごとに覚えておきましょう。もしあなたが無意織だったら、
あなたは地獄にいます。それはあなた次第です。



37.Gates of Heaven
   天国の門
 意銀を保っているとき、あなたは天国にいます。醒めていましょう。
油断せずにいることです。意凛を保って! これもまた、あなた次第な
のです。






 禅マスター白隠(はくいん)は、まれな開花のひとつだ。
 ひとりの戦士、サムライが、偉大な兵士が彼のところに来てたずねた。
 「地獄はありますか? 天国はありますか?
  もし地獄と天国があるとしたら、その扉はどこにあるのですか?
   私はどこから入ればよいのですか?」

 彼は素朴な戦士だった。戦士は常に素朴だ。彼らのマインドのなかに
ずるさはない。計算はない。彼らはふたつのことしか知らない--生と死だ。

彼はなにか教義を学ぼうとして来たのではなかった。
彼は地獄を避けて、天国に入れるように、その門がどこにあるのかを
知りたかったのだ。

そして自隠は、戦士にしかわからないやり方で応えた。

 白隠は言った。「お前は誰なのか?」
 戦士は応えた。「私はサムライだ」。
 サムライであることは、日本で
は非常に誇り高いことだ。
それは完壁な戦士、自分の命を差し出すのを一瞬といえども
ためらわない人間であることを意味する。

彼は言った。
「私はサムライだ。私はサムライの隊長だ。天皇でさえ私には敬意を払う」

 白隠は笑って言った。
「お前がサムライだって? お前は乞食みたいだぞ!」

 彼の誇りは傷ついた。
サムライは自分がなんのために来たのかを忘れた。
彼は刀を抜いて、まさに白隠を殺そうとした。

 白隠は笑って言った。
 「これが地獄の門だ。この刀、この怒り、このエゴとともに、
 ここにその門が開く」
 
 これこそ戦士に理解できることだ。
すぐにサムライは理解した。彼は刀を鞘に収めた……。

そこで、白隠は言った。
「ここに天国の門が開く」

 地獄と天国はあなたの内にある。両方の門があなたの内にある。
あなたが無意識に振るまっているとき、そこには地獄の門がある。
あなたが油断せずに、意識するようになると、そこには天国の門がある。

 マインドは天国だ。
 マインドは地獄だ。
 そしてマインドには、そのどちらにもなれる許容力がある。
だが、人びとは、どんなものも、どこか外側にあると思いつづけている……。
地獄と天国は生の終わりにあるのではない。
それらは今ここにある。瞬間ごとにその扉が開く……
一瞬のうちに、あなたは地獄から天国へ、
天国から地獄へと動くことができる。


                    ROOTS AND WINGS,pp.82-98


38.Transformation
   変容
 アティシャのエクササイズをただ試みてみましょう。
世界のすべての苦しみを自分のハートのなかに取り込んで、
祝福を注ぎ出します。それはすばやい効果をもたらします。
今日それをやってみましょう。


 さあ、彼は、慈悲心をもつことを始めなさい!と言う。
そして、その手法とは、息を吸うとき---

- 注意して聴きなさい、それはもっとも偉大な手法のひとつだ-

 息を吸うとき、自分は世界のあらゆる人びとの惨めさを
すべて吸い込んでいると考えることだ。
あらゆるところに存在する

    あらゆる暗闇、あらゆる否定的なもの、あらゆる地獄、

    それをあなたは吸い込んでいる。
    そしてそれを、あなたのハートに吸収させる。

 息を吸い込むときは、世界の
 -- 過去、現在、そして未来の--
 すべての存在の、あらゆる惨めさと苦しみを吸い込む。

そして息を吐き出すときは、
あなたがもっている喜びのすべて、
あなたがもっている至福のすべて、
あなたがもっている祝福のすべてを吐き出す。

 息を吐き出す--あなた自身を存在に注ぎ入れる。
               これが慈悲の手法だ。

すべての苦しみを飲み込んで、すべての祝福を注ぎ込む。

 それをやってみると、あなたは驚くだろう。
 世界のあらゆる苦しみを自分の内側に取り込んだ瞬間、
 それらはもう苦しみではない。

 ハートがすぐにそのエネルギーを変容させる。
 ハートは変容する力だ。

   惨めさを飲み込むと、それは至福に変容されている……。
     それからそれを注ぎ出す。



 ひとたび自分のハートが、
 このマジック、この奇蹟が可能であることを学んだら、
 あなたはそれを何度も何度もやりたくなるだろう。

 そうだ、それを試してごらん。
 それはもっとも実用的な手法のひとつだ

   --単純で、しかも即効性がある!----
           今日それをやってみるがいい。



           THE BOOK OF WISDOM,Vol.1,DP.21-22



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