We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

カテゴリ: OSHOネオタロット


12.Receptivity
   受容性
 積極的に答えを探し求めるのをやめるときです。
 自分自身を空からにして、全存在を受け入れるようになりましょう。
 ただリラックスして待ち、楽しむことです。


哲学の教授が、禅のマスター、南院のところに行って、
 神、瞑想、さらに非常に多くのことをたずねた。
 
マスターは沈黙したまま聴いていた。
そして言った。

 「あなたは疲れているようだ。あなたはこの高い山を登ってきた。
  あなたは遠いところからやって来た。
  まず、あなたにお茶を出させてほしい」

哲学の教授は待った。彼は質間で沸き立っていた。
だが、湯沸かしが歌い、茶の香りが広がり始めて、マスターは彼に言った。

 「待つがいい!そんなに急いではいけない。
  誰にわかる? 茶を飲むことによってすら、
  あなたの質問に答えが出るかもしれないのだ」

 教授は自分の旅全体が無駄だったのではないかと思い始めた。
 「この男は狂っているようだ。
  お茶を飲むことで、
  神についての私の質問に答えがでることなどどうしてありえよう?」  だが、彼は疲れてもいたので、山を下りる前に一杯のお茶を飲むのも悪くはなかった。  マスターは急須をもってきて、茶碗に茶を注いだ。茶は受け皿にあふれだしたが、  彼は注ぎつづけた。そして受け皿もいっぱいになった。   あと一滴で茶は床にこぼれる! 教授は言った。   「おやめください! なにをやっているのです?    茶碗がいっぱいなのが、受け皿がいっぱいなのがわからないのですか?」  すると南院は育った。  「これこそあなたが入り込んでいる状況だ。   あなたのマインドはあまりにも質問でいっぱいになっているために、   たとえ私が答えたとしても、その答えが内に入ってゆくためのスペースが   あなたにはまったくない。」     「それに、私はあなたに言うが、あなたがこの家に入ってからというもの、   あなたの質間がそこらじゆうにあふれている。   この小さな小屋はあなたの質間でいっぱいだ!」     「戻るがいい、自分の茶碗を空からにして、それから来るがいい。   まず、あなたのなかに小さなスペースを創ることだ」  あなたは南院よりももっと危険な人物のところに来た。  私とだと、空の茶碗ではだめだからだ。  茶碗は完全に壊されなければならない。    空であっても、もしあなたがそこにいたら、あなたはいっぱいだ。  あなたのなかに茶を注ぎ入れることができるのは、あなたがいないときだけだ。 あなたがいないとき、実際には、あなたのなかに茶を注ぎ入れる必要などない。 あなたがいないとき、全存在があらゆる次元から、あらゆる方向から注ぎ始める。           ROOTS AND WINGS,P.3



36.Gates of Hell
   地獄の門
 地獄にいるか、あるいは天国にいるかという選択権は自分自身にある
ことを瞬間ごとに覚えておきましょう。もしあなたが無意織だったら、
あなたは地獄にいます。それはあなた次第です。



37.Gates of Heaven
   天国の門
 意銀を保っているとき、あなたは天国にいます。醒めていましょう。
油断せずにいることです。意凛を保って! これもまた、あなた次第な
のです。






 禅マスター白隠(はくいん)は、まれな開花のひとつだ。
 ひとりの戦士、サムライが、偉大な兵士が彼のところに来てたずねた。
 「地獄はありますか? 天国はありますか?
  もし地獄と天国があるとしたら、その扉はどこにあるのですか?
   私はどこから入ればよいのですか?」

 彼は素朴な戦士だった。戦士は常に素朴だ。彼らのマインドのなかに
ずるさはない。計算はない。彼らはふたつのことしか知らない--生と死だ。

彼はなにか教義を学ぼうとして来たのではなかった。
彼は地獄を避けて、天国に入れるように、その門がどこにあるのかを
知りたかったのだ。

そして自隠は、戦士にしかわからないやり方で応えた。

 白隠は言った。「お前は誰なのか?」
 戦士は応えた。「私はサムライだ」。
 サムライであることは、日本で
は非常に誇り高いことだ。
それは完壁な戦士、自分の命を差し出すのを一瞬といえども
ためらわない人間であることを意味する。

彼は言った。
「私はサムライだ。私はサムライの隊長だ。天皇でさえ私には敬意を払う」

 白隠は笑って言った。
「お前がサムライだって? お前は乞食みたいだぞ!」

 彼の誇りは傷ついた。
サムライは自分がなんのために来たのかを忘れた。
彼は刀を抜いて、まさに白隠を殺そうとした。

 白隠は笑って言った。
 「これが地獄の門だ。この刀、この怒り、このエゴとともに、
 ここにその門が開く」
 
 これこそ戦士に理解できることだ。
すぐにサムライは理解した。彼は刀を鞘に収めた……。

そこで、白隠は言った。
「ここに天国の門が開く」

 地獄と天国はあなたの内にある。両方の門があなたの内にある。
あなたが無意識に振るまっているとき、そこには地獄の門がある。
あなたが油断せずに、意識するようになると、そこには天国の門がある。

 マインドは天国だ。
 マインドは地獄だ。
 そしてマインドには、そのどちらにもなれる許容力がある。
だが、人びとは、どんなものも、どこか外側にあると思いつづけている……。
地獄と天国は生の終わりにあるのではない。
それらは今ここにある。瞬間ごとにその扉が開く……
一瞬のうちに、あなたは地獄から天国へ、
天国から地獄へと動くことができる。


                    ROOTS AND WINGS,pp.82-98


38.Transformation
   変容
 アティシャのエクササイズをただ試みてみましょう。
世界のすべての苦しみを自分のハートのなかに取り込んで、
祝福を注ぎ出します。それはすばやい効果をもたらします。
今日それをやってみましょう。


 さあ、彼は、慈悲心をもつことを始めなさい!と言う。
そして、その手法とは、息を吸うとき---

- 注意して聴きなさい、それはもっとも偉大な手法のひとつだ-

 息を吸うとき、自分は世界のあらゆる人びとの惨めさを
すべて吸い込んでいると考えることだ。
あらゆるところに存在する

    あらゆる暗闇、あらゆる否定的なもの、あらゆる地獄、

    それをあなたは吸い込んでいる。
    そしてそれを、あなたのハートに吸収させる。

 息を吸い込むときは、世界の
 -- 過去、現在、そして未来の--
 すべての存在の、あらゆる惨めさと苦しみを吸い込む。

そして息を吐き出すときは、
あなたがもっている喜びのすべて、
あなたがもっている至福のすべて、
あなたがもっている祝福のすべてを吐き出す。

 息を吐き出す--あなた自身を存在に注ぎ入れる。
               これが慈悲の手法だ。

すべての苦しみを飲み込んで、すべての祝福を注ぎ込む。

 それをやってみると、あなたは驚くだろう。
 世界のあらゆる苦しみを自分の内側に取り込んだ瞬間、
 それらはもう苦しみではない。

 ハートがすぐにそのエネルギーを変容させる。
 ハートは変容する力だ。

   惨めさを飲み込むと、それは至福に変容されている……。
     それからそれを注ぎ出す。



 ひとたび自分のハートが、
 このマジック、この奇蹟が可能であることを学んだら、
 あなたはそれを何度も何度もやりたくなるだろう。

 そうだ、それを試してごらん。
 それはもっとも実用的な手法のひとつだ

   --単純で、しかも即効性がある!----
           今日それをやってみるがいい。



           THE BOOK OF WISDOM,Vol.1,DP.21-22




52.Repentance   後悔

 自分が失敗したときですら、
 それもまたひとつの機会になりえる
 ことに気づいていましょう。
 あなたが自分自身の真実に背いてしまい、
 自分のハートで感じていることを
 妥協してしまったと気づいたときは、
 あなたのなかを涙が深く流れるのを
 許すことです。
 そうすれば、それは変容になりえます。

スーフィーの伝統のなかで、
アル・ヒラジ・マンスールに比べられる人は誰もいない。
いわゆる宗教的な人びとによって、過去に多くの人びとが殺されてきた。

イエスは十字架に架けられただけだが、
マンスールはばらばらに切り裂かれた。
マンスールは十字架に架けられた。
そして、まず彼の足が切り落とされた

--それでも彼は生きていた--
次に彼の手が切り落とされた。
さらに舌が切り取られ、次には
目がくり抜かれた

--それでも彼は生きてきた--
そうして、彼の首が切られた。

 が、マンスールは
どのような罪を犯していたのだろう?
 唯一の罪は、彼が“アナル・ハック!”と
言ったことだった。
それは「私は真理だ。私は神だ!」という意味だ。

  インドでは、彼は何世紀にもわたって
  崇拝されていただろう。
  だが、回教徒たちにはそれが我慢できなかった。

一万人の人びとがマンスールに石を投げるために、
彼を笑い者にするために集まっていた。
マンスールは笑っていた。
自分の足が切り落とされたとき、
彼は自分の血を自らの手に受けた……

すると、誰かが彼に、
なにをやっているのか、とたずねた。

マンスールは言った。
「どうしてあなたは自分の手を水で洗うことが
 できるのかね?
 というのも、あなたは自分の血で犯罪を犯すからだ。
あなたは自分の血で罪を犯すからだ。
血しか浄化にはなりえない。
私は自分の手を浄化しているのだ。
私は折りの用意をしている」

彼らが彼の手を切り落とし始めると、彼は言った。
「ちょっと待ってくれ! いまは私に祈らせてほしい。
 手がなくなったら、それはむずかしくなる」。

そこで、彼は空を見て、神に言った、
「あなたは私をだますことはできません!
私はここにいるあらゆる人のなかに
あなたを見ることができるのです! 
あなたは殺人者として来たのですか? 
敵として? 
あなたは私をだますことはできません--
どのような形で
あなたが来ても、私はあなたを認めるでしょう--
私は自分自身の内側にあなたを認めたたのですから!」

 人びとはあざけって、彼に石と泥を投げつけていた。
が、マンスールは笑い、ほほえんでいた。
だが突然、彼は泣き出した……

シプリという
彼の友人、彼の弟子が薔薇の花を投げたからだ。

 再び人びとは謎に包まれた。
そして彼らは、どうしてなのかとたずねた。

マンスールは言った。
「石を投げている人びとは、
自分たちがなにをやっているのか知らない。

だがシプリは知っている--
彼は知らなければならない。
彼が神から許しを得るのは
むずかしいことになるだろう」

 後になってシプリは、なぜ薔薇の花を投げたのか?
ときかれて、こう言った。
「私は群衆が恐かった.もし私がなにも投げなかったら、
彼らは私に対して暴力を振るうだろうというのが恐かった。
私は石を投げることはできなかった。
マンスールは無実だということを私は知っていたからだ。
だが私は、なにも投げないでいるという勇気を
振るい起こすこともできなかった。
あの花は妥協にすぎなかった。
そして、マンスールは
私の恐れを、私の臆病を泣いたのだ」

 マンスールの涙はシプリを完全に変えた。
彼にとっての変容になった。
彼にとって、それには少なくとも十二年かかった。
浮浪者、乞食のようにさすらい、
これ以上はないほどハートを引き裂かれる
苦悶のうちに、泣きなげく十二年間。全生涯、彼は後悔した。

彼は言ったものだ。
 「私がマンスールを殺したのだ。
  あそこにいたほかの誰にも
  責任はなかった。
  だが、私は理解できたはずなのに、
  彼を救うことができたはずなのに、
  群衆に妥協した--
  私はあの人に花を投げたのだ」


 もしあなたが責任を理解したら、
後悔はあなたのなかの非常に、非常に
深い現象になりうる。

そうなったら、小さなことでも、
もしそれがあなたの根まで深く入っていったら、
もし涙があなたの日からだけではなく、
あなたの身体のあらゆる細胞から出てきたら、


変容になりうる。


 これこそマスターに、偉大にマスターにしかできないことだ。
マスターはやりつづける

--生きている間でも、
  死のうとしている間でも、
  あるいはすでに死んでいてさえも--

        人びとを変容させるために
        あらゆる機会を利用しつづける。


                   UNTIL YOU DIE,PP.218-2212


10.Worth   価値

自分の価値を証明しようとして、自分自身を商品におとしめては
いけません。
生の最も偉大な体験は、あなたが〝する〟ことを通してやって
来るのではなく、愛を通して、瞑想を通してやって来ることを
覚えておきましょう。


 老子たちが自分の弟子たちとともに旅をしていた。彼らは、
何百人ものきこりたちが木を切っている森にやってきた。、
森全体が何千もの枝を張っている一本の大きな木を残して、
ほとんど切り倒されていた。

    その木は一万人の人びとが木陰に坐れるほど大きかった。


 老子は自分の弟子たちに、なぜその木は切られていないのか
たずねてくるように言った。彼らは樵たちのところに行ってたずねた。
すると、彼らは言った。

  「この木はまるで役に立たない。枝という枝に節が多すぎて、
   これからはなにも作れない--まっすぐな枝がひとつも
   ないのだ。燃料にすることもできない。煙が目の毒だからね。
   この木はまったくの役立たずだ。だから切らなかった。」

 弟子たちは帰ってきて老子に伝えた。彼は笑って言った。

  「この木のようになるがいい。
   もしお前たちが役に立つようなら、切られてしまい、
   誰かの家の家具になってしまうだろう。
   
   もしお前たちが美しかったら、市場で売られてしまうだろう、
   商品になってしまうだろう。この木のようになるがいい。
   まったくの役立たずに……。
   
   そうなったらお前たちは大きく、広大に成長して、
   何千人もの人びとがお前たちの下に蔭を見いだす
   様になるだろう」


 老子はあなた方とはまったくちがった理論をもっている。
彼は最後の者でいるがいいと言う。

世界のなかをまるで自分がいないかのように動くことだ。

競ってはいけない、自分の価値を証明しようとしてはいけない
--その必要はない。役立たずのままでいて楽しむがいい。


     TAO:THE THREE TREASURES,Vol.1,pp.69-71

 その人がどのように有益かということで私たちは人びと計る。

だが私は、
私たちはなにも役に立つことをしないと言っているのではない--

役に立つことをするがいい。

だが覚えておくことだ。
生とエクスタシーの偉大な体験は
役に立たないことをすることから生じる。
それは詩を通して、絵を描くことを通して、
愛を通して、瞑想を通してやってくる。

 商品におとしめることのできないなにかをする能力があって、
初めて最も偉大な喜びがあなたを押し流す。


報酬は内側にある。

もともと備わっている。それは行いから湧き起こる……。

 だから、自分は役立たずだと感じても心配することはない。

私はあなたの役立たずをも使う。
私はあなたを大きな葉むれのある
巨大な木にするつもりだ。

それに、
役に立つ活動にたずさわっている人びと、
彼らにはときとして木陰で休む必要がある。

 THE WISDOM OF THE SANDS,Vol.2,pp.308-309,311-312

このページのトップヘ