We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

カテゴリ: 南無妙法蓮華経

十二縁起と占星学12サイン
十二縁起基本図
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無明:うお
無意識で無自覚、無限世界(霊界)とのきずな
ニルヴァーナ

行:おひつじ
やみくもな行動、挑戦、海(エラ呼吸)から陸(肺呼吸)へ
精子   ・・・運命への信頼のみで生きる

識:雄牛
自己と世界との分離意識、欲求の具体化 手応え
卵子

名色:ふたご
ラベル化、ネーミング、客体的観察、興味、対話、相対的な自己確認

六処:かに
五感+意(思考能力)、フィーリング、ロンリネス(甘え欲求)
手応えの渇望、グランディング(重力との遊び、平衡感覚)
自分は、いま、どこで、誰と、何をしているのか?

触:しし
触発、刺激、感激、感化、意義、アローンネス、獅子奮闘
自分らしさ(スタイル、独自システム)の追求、
世界観の確立と押し付け(保守的な権威付けによって他者の多様な価値観を否定)

受:おとめ座
一貫性、継続性、経験則、セオリー化、他者の期待、必要性に答える
励ましとまじめさ、誠意、無私無欲の奉仕、サポーター、マネージャー

愛:てんびん
相互作用、自己同一化、合一、調和、エクスタシーを求める

取:さそり
独占意識、生死を超えた契約、予約、執着、執念、(資産~死散の危険)

有:いて
存在の承認、解放、「天の啓示と感謝」「有り難さ」、冒険、飛躍

生:やぎ
こだわり、完全な自己責任観、使命感への専念、権限の尊重、尊厳、結晶化
近視眼的

老死:みずがめ
煩悩の分解、突飛な思考ノイズ



十如是」と生命の樹
生命の樹と十如昰


ケテル=海王星:如是相
アンマニフェスト(現れざるもの)からの最初の流出
海王星は無限世界。霊界を比喩として「大海」に例える
無限世界は、その全体像を人間が捉えることが出来ないので
その断面「相」だけが見られる

コクマー=天王星:如是性
僅かに「角相=アスペクト」が違うだけで、無限は全く別の
性質を帯びる

コクマーの「2」とはプラスとマイナス、男と女といった極性
スパーク、閃光、

個々のユニークさ、波長のチャンネル、電波、霊感、

ビナー=土星:如是体
単なる個体というだけではなく、持っているフィールド「力場」
つまり、霊的なボディーも意味するのでは無いかと思う

本来宇宙は遊びで有り、
コクマーまではとりとめが無い世界で一切の「体」を持たないが
ビナーによって、「有る特定の体裁」が出て来る

ケセド=木星:如是力
コクマーのとりとめがない霊感は、ビナーというフォーミングによって、
特定の能力、才能というパワーとなる

ゲブラー=火星:如是作
火星は闘い、作意、主張・・・
特定のテーマへのフォーカス、挑戦、勇気

ティファレト=太陽:如是因
ルアク、本質的知性の中心
CPU=中央処理演算装置

ネツァーク=金星:如是縁
本能的なまでの情熱を感じるもの、因を引き出す縁、
出会い、恋、探求、モチベーション、

ホド=水星:如是果
原因に対しての結果を求めるマインドの働き、才能のコマーシャル
伝達能力、要点をまとめる、研究成果、客観的評価、栄光を求める欲求

水星の「知性」とは知性の本質ではなく、単なる「識別」(IOシステム)
本質的な判断能力はティファレト、思考とは出力結果の伝達に過ぎない

イエソド=月:如是報
関係性、関わり、取り巻き、ファミリー、帰属意識
依存関係、血縁的継続、仲間意識

人生の今までの報いが、
現在の人やその他の関係性という鏡として取り囲む
無水無月(水面に映った鏡の世界に過ぎない)

マルクト=地球:如是本末究竟等
いまここ、結局の所の替わらぬ本質、自己受容と安らぎ
ASC:東の地平線-DSC:西の地平線とは
生まれてきた動機(問題意識、出生時のトラウマ)と目的地(理想郷=アルカディア)
MC:南中点-IC:足下とは
精一杯の努力、自分試しと、我が家への帰還




貞子さんと千代能さんはトモダチになりました



彼女は殺された古井戸から実体化してきた

激しい痛み、苦しみ、孤独、絶望・・・・

それは腐海・・・・

腐乱した美少女

ああ、千代能さん、ここで一緒に死のう
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殺してくれ

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でも、だれが彼女を抱き留める?

その役は喜んで私が引き受けよう

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千代能さん・・・♡ 大ちゅき!
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何いってんだ!彼女は凄くチャーミングだよ!
サイコーにいい女だよ?
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アニマ・・・20年以上前に富士山で自害した私の魂の母。
彼女は私の人生にとってはギリシャのセレス神の実体化だった
キーワードは「地下水」  ・・・つまり「井戸」という言葉が絡んでくる

彼女と私は一心同体だ

「腐」でありながら「富士山の清流」でもある
この惑星・地球で最も清い水だ

腐海は浄化されて清流へ・・・・
彼女はイーリス(虹の)神へと変容する

南無妙法蓮華経

アンダーソン
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和尚ネオタロット:38.変容 
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)
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今朝夢を見た。

「おまえのことが心配だ心配だ」
と私を追いかけ回していた母が最後の最後に私と対峙した。

「ああ、死ぬ前にまた会うことが出来て良かった!」

「私はあなたに謝りたかったの!」

「おまえのことを追いかけ回してばかりいて、悪かったわ」

そこで私は何も言わずに、母が大切にしていた茶碗を
ものも言わずに目の前でたたき割った

「何をするのおまえ!私の大切な茶碗を!!!」

うろたえる母


「おかあさん、正体を現しましたね」

「あなたはすべての構造在るものにしがみついているのです」

「別に私への愛情に目覚めたわけじゃない」

「我が子を見失って改心した鬼子母神にあなたは喰われてしまえばいい」


私は無慈悲に言い放った

私と、私の肉体の母との間で、世界のすべてが始まり、すべてが終わった
もう作らなくていい

------------------------

この三次元世界の役割は終わる。

あるひとの望みが、最終的には “構造在るもの” に
とどまるのであれば、それは釈迦の言う「一切皆苦」という
言葉の中に留まる。

  そのひとの本質は、究極的には乞食だ。



愚か者よ、イエスの弟子達よ

おまえらの「いつ?」と言う質問に回答するほど
わたしはイエスのように優しくはないぞ

タテになる綾波

立ち去れ、出直すが良い

タテになる綾波2

人に「いつ?」と尋ねる愚かさ、どん欲さを悟った者達とだけ
私はこの先を共に歩む

シンジと綾波


理由はカンタンだ

いまここで悟りなさい

すべての構造在るもの、羅ミエルは滅ぶ

永遠の構造体など、一切ありはしないのだ。

ラミエルに命中


しかし、法は滅びない

ありとあらゆる構造
幾何学的な法則の制約を受け、
その構造は破壊されうるが、
幾何学的な法則(十字架)は永遠なのだ

なぜなら幾何学的な法則、
それ自体は一切の構造を持たないからだ。

世界が泥に帰しても、そこから幾何学的構図はまた蘇るのだ。


それを悟る為に我々、光はこの三次元空間を創造した。

惑星が生まれ、
そしてその中を うごめく生命が生まれた

それは、環境による多少の違いはあれ、
最終的にはヒューマノイド・タイプの大脳へと進化して
さらに効率的な探求、進化、捕食活動を続けようとした。

だがその過程で、文明が芽生えるならば
その過程では必ず幾何学が見いだされるだろう。
つまり、ある程度以上の進化をした生命体種族なら
そこにはかならずピタゴラスやユークリッドが誕生するはずだ。

生命の個々単体は空間の子宮の水槽の中、うたかたの夢のように
浮かんでは消えていくが、しかしそれでも有限体であるが故に
必死に無限=不老不死に戻ろうと、試行錯誤してもがく

その死にものぐるいの過程の中で、
知的生命体は三次元世界とその中でのボディーの必然的有限性と、
しかし、それらの全ての背景を貫き、司る法則の永遠性を見いだし、悟る

諸行無常
一切皆苦
諸法無我
涅槃寂静

「ああ、わたしは もともと これであった」と悟る時、
あらゆる生命体は恍惚の中に構造のない世界=涅槃へと回帰消滅する

これこれ千回もこれ―禅のまさに真髄 (OEJ books)
和尚
和尚エンタープライズジャパン
1993-06


そこで、
“吾は法なり”という言葉と共に “ I am = すべて ” が目を醒ますのである

“無”が、

“無”、それ自身の正体を、
自ら作り出した世界のなかで明瞭な自覚を得た瞬間、

                    なのだとも言い換えられる。


永遠の明晰さがそこにある。



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------------------------

この三次元の役割は終わった。
でも、だからといって今日で世界が消滅する理由も必要性もない

役目を果たしたからと言って、即消滅する必然性はない。

  余暇を楽しむ、  と言うことがあっても良いじゃないか?


ひとよ

世界を終わらせた私を大悪魔と罵るが良い、こころゆくまで・・・・

黙示録

でも、さんざん泣きはらした後、帰ってくるが良い

ボディーを持った、無限と永遠の自由な存在者として・・・・

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! リトル・ブッダ「悟り」


通勤電車に揉まれる、またいつもの日常に戻ればよい

一緒に食べよう

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その2  映画「ジャッジ・ドレッド」と妙法蓮華鏡



天使のような悪魔、悪魔のような天使....

日月神示で語られ、
「デビルマン」で語られた黙示録のテーマだ。

黙示録

その、同じモチーフが新・ジャッジドレッドにも登場する。

メガシティー

核戦争で荒廃した近未来都市で、社会秩序を死守しようとする者達は
裁判制度を極限まで簡略化してしまう。

陪審員、判事、そして(犯行の現場での死刑を含めた)刑の執行、
これらは「ジャッジ」に委ねられた。

....この物語の主人公「 ドレッド 」は、この、あまりにも
    「重たい正義」を担うひとりの警察官であり...

ドレッドとママ

街を裏で牛耳る麻薬組織の女ボス、「ママ」との対決が迫っていた。

  彼女の商品は「スローモー」と呼ばれていた。
    この世界がゆっくりと官能的に美しく感じられる体験とは、
     まさしく “インスタント・変性意識” である。

 ほとんど地獄の鬼のような権限をもった正義の執行者、
  --- 兜をかぶって都を統率する兜率陀天(トゥシター、都率天)   と

 誰の魂をもとろけさせ、虜にしてしまうような天界的魅力を販売する悪魔。
  --- ヤクザたちを魔性の力で従える夜摩天(ヤーマー)        との闘い

       この物語には、 理知的な、FAIRの代弁者のような
                    ヘンリーフォンダの出番はない。

                 天使のような悪魔にせよ、
                  悪魔のような天使にせよ、

      双方が唯一相まみえる接点とは、「FEAR(=恐怖と暴力の応酬)」のみなのだ。


この、救いがどこにも見あたらない様な状況に、  ---第三の存在が登場する。

それが、「ジャッジ」として認められるか?認められないかの瀬戸際にいる新人、
アンダーソンだ。

アンダーソン

核戦争による放射能の影響なのか? 彼女の両親は癌で死亡、
彼女自身はテレパス=精神感応能力をもったミュータントとして生き延びた。

その特異能力ゆえ、僅かに及第点に達しないことを惜しみ、ジャッジのアカデミーは
ドレッドに、現場での彼女の最終適性テストを依頼する。



  物質には三態有る   ...個体、液体、気体

さしずめ例えるならば、
岩石のような信条で任務を遂行していくドレッドは「固体」であり、
犯罪の温床となっている「ピーチ・ツリー(桃源郷?)」という名の摩天楼の
高層階に陣取るママは「気体」の世界の住人なのだろう。

易経「天地否」のように、天はどこまでも高く、地はどこまでも重く、...

....単純な衝突と成るはずだったドレッドとママとの対決は
「液体」のようなアンダーソンの能力によって変容してくる。

  そもそも、天使と悪魔、だの 正義と悪、だの、 ....

   ...世界の実体も、人間の精神も
       そんなにキッパリとシロクロ分けられるモノではない。

だから、
  実を言うならば、ドレッドが勝ったにせよ、ママが勝ったにせよ
  この核汚染の泥沼の世界の中で喘いでいる人々に、本当の救済は来ないのだ。

                     ....どちらかのFEARが支配するだけのことだ。


アンダーソンは、ドレッドの監督指導の許に、凄惨な現場と直面し、こころを痛めながらも
ひとつずつ ドレッドとともに困難な状況をかいくぐりながら <彼女なりの> ジャッジ 
(っというか、ソリューション=打開策)を出していく。

「このカワイイ顔をした新人が、どこで音を上げるかな?」っと見下している感のあった
ドレッドの微妙な変化もこの映画の見所だ。   ....ドレッドも、見ているわたしたちも
彼女の美貌ゆえ、ついつい忘れてしまうのが、彼女は「こう言う場所で育ってきました」という
筋金入りのタフな精神の持ち主だということだ。



   ...彼女は放射能で汚染された「呪われた沼地」を
                むしろ、  養分として吸収し、成長してきた。

                 まるで『風の谷のナウシカ』の世界のように....

       核戦争の ...「大焦熱地獄の呪い」を原子転換し、
                  浄化する為に自然の妙が使わした
                     「可憐で逞しい蓮の華」  ...の様ではないか?



和尚ネオタロット:38.変容 
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)

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前記事「FAIR(公心)か? FEAR(恐れ)か? その1」では、
わたしは
「心眼、第三の目とは特異能力なのではない」っと書いたけれど
彼女のテレパシー能力というのも、単に “ミュータント(特異体質)” だから
備わった超能力、っと言う風には思いたくない。

そもそもテレパシー=精神感応というのは「他人の思考をカンニング出来るということではない」
っと、バシャールも言っていた。

「それは相手の気持ちに寄り添っていく事で起こる自然な共鳴現象だ」っというような
説明をバシャールはしていたと思う。  つまり原理的にはチャネリングとよく似ている。

これは法華経で言うところの「他化自在天」のことではないだろうか?

わたしも、こういったチャネリング能力や心眼開発に興味を持つ人とは沢山出会ってきた。

ところが、そのほとんどはそれを “超” 能力として憧れている為、
実際は、人一倍他人への理解や思いやりに欠けている人が多かった気がする。

              ...つまり、カンニングしたい人達、ズルをしたい人達なのだ。
                  選ばれた人間、特別な能力によって特別な人種になりたい人達...
                      しかも、   その自分の狡猾さに対する自覚がない人達...


 でも、実際に (わたしから見て)驚くべき、不思議な力を

              安定して発揮していた 「注目すべき人々」 と出会ってみると、
           まず思慮深く、根気強く、謙虚さと鋭い知性の持ち主であり、
           高潔さというか、「徳」というべき品性を感じた。
          そして他人に対する鋭い観察眼、感受性、思いやりを兼ね備えた人たちだった。

       そう、 結局は「12人の怒れる男」主人公とそっくりの地道さと謙虚さを強く持っていた。

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          アンダーソンという名前は「アンダースタンド=理解」という言葉を連想する。
            ※ そういえばマトリックスの主人公もアンダーソンだった!

   泥の中から出た蓮の開花だけに見とれて、憧れを持つ人達の気持ちも判らなくはないが、
   その花が、どれほどまで地下深く、広く、 ネットワークの根をはっているのか?
  その点をイメージすらせずに、べっちーチャンの言葉に飛びついても、
 はたしてモノになるのだろうか?

                             その辺の疑問は投げかけておきたいと思う

※ 以下、wikiより転載

34・Anger   怒り

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禅の学生が盤珪(ばんけい)のところに来て言った。

「マスター、私には自分ではどうしようもない怒りがあります。
どうしたらそれを鎮めることができるでしょうか?」

「その怒りを私に見せてごらん」と盤珪は言った。
「おもしろそうではないか」

「いまはそれはありません」と学生は言った。
「ですから、お見せできません」

「そうであれば」 と髄珪は言った。
「それがあるときに私のところにもって来るがいい」

「ですが、たまたまそれがあるときに、それをもって来るわけには
ゆかないのです」と学生は抗議した。
「予期せぬときにそれは湧いてきます。
そして、それをあなたのところにもって来る前に、
私はまちがいなくそれを失ってしまうでしょう」


「そういうことであれば」と盤珪は言った。
「それはあなたの本性の一部ではありえない。」

「もしあなたの本性の一部であれば、
あなたはいつであれ、それを私に見せることができたはずだ。」

「生まれたとき、あなたはそれをもっていなかった--
--だから、それは外側からあなたのところに来たにちがいない。」

「提案しよう、いつであれ、それがあなたのなかに入って来たときは、
その怒りが耐えきれなくなって逃げ出すまで、自分を棒で打つがいい」



 今度あなたが怒りを感じたら、家のまわりを七回走り回り、
その後で樹の下に坐って、その怒りがどこに行ったのかを見守るがいい。

あなたはそれを抑圧しなかった。
あなたはそれを操らなかった。

あなたはそれをほかの誰かに投げつけなかったのだ……。


 怒りは精神的な嘔吐にすぎない……。
それを誰かに投げつける必要はまるでない……

 ジョギングを少しするか、枕を取って、
 その枕をあなたの手と歯がリラックスするまで叩くがいい。

 変容のなかでは、あなたはけっして操らない

                  あなたはもっと醒めるだけだ。

怒りが起こっている、
----すばらしい現象だ。
       それはちょうど雲のなかの電気のようだ‥・‥・。

 怒りが起こっているさなかでも、
もしあなたが突然意識するようになったら、それは落ちる。
それを試してごらん!自分が熱くなっていて、人を殺したい---

        ---そのさなかに- 突然醒める!!

すると、あなたはなにかが変わったのを感じる。
内側のギア、そのカチッという音をあなたは
感じることができる。
なにかが変わったのだ。あなたの内なる存在がリラックスした。
あなたの外側の層がリラックスするには時間がかかるだろう。
だが、内側の層はすでにリラックスしている。

協力が壊された…・‥もうあなたは同化してはいない。

肉体が冷めるには少し時間がかかる。
だが、中心深くでは、あらゆることがクールだ……。
 クールなとき、あなたは全世界を楽しむことができる。
 ホットなとき、あなたは失われている。---同化している。

あなたはそのなかでどうしようもなく混乱している。
どうしてそれを楽しむことができるだろう?

 これは矛盾して聞こえるかもしれない。

 だが、私はあなたに言おう、

      この世界を楽しむのは覚者だけだ。



          AND THE FLOWERS SHOWERED,PP.50-72


わたしはすべてのすべての根底の根底は、“無底”だと言った!

だから、怒りもまた、その根底は“根無し草”だ。

わたしたちは、じゃあなぜ?「腹を立てる」のだろうか?

その理由は、かならず“有る”

  ---怒り、には“根底”が無いのにも関わらず、“根拠”は必ずある!!

その“根拠”とは、わたしが....」である。

           わたしにとっては」である。


        つまり、 “マイン” ちゃんこそ、怒りの根底なのだ!!



わたしの大事なもの、大事なこと、大切にしている信念、宝もの、信条、絶対に守りたいもの.....

これらが犯されたと思ったとき、踏みにじられたと思ったとき、不当に扱われたと感じたとき...

....人は怒りを爆発させる。

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世の不正や、不公平や、理不尽さとは、
たしかに見過ごせないことである

でも、だからといって、
もしそこに

“わたしの利害” や、
  “わたしの不満”が
        存在しなければ、

何を“腹を立てる”必要があるだろうか?
       そこに“感情”は必要だろうか?

 ...そういった不正や、不公平や、理不尽さに対して、
         単に、指摘し、是正を求めればいいだけのことである

「諸法無我」

とは、まさしくそのことではないだろうか?



だから、
人は、ひとの怒りを、いや、自分自身が怒りに我を忘れてしまうことを、とても恐れている。

わたしたちが最も恐れているもののひとつは...(自他の)怒りだ。


じゃあ、なぜそれほどまでに恐れているのだろうか?、(自他の)怒りを.....


....それは、(自他の)アイデンティティーに接触(コンタクト)する瞬間だからだ!!

アイデンティティー(自己同一化)とは、エヴァンゲリオンでいうところの“ATフィールド”と不可分だろう。

A(アブザリュート=絶対的)T(テリング=恐怖)フィールド=領域、縄張り

...つまり、続に言う「その人の地雷(トラウマ?)」というわけだ...

たとえば、集団的な“地雷”といえば宗教などが、もっともわかりやすい例だろう。
キリスト教にとっての聖書であるとか、イスラム教にとってもクル・アラーン、預言者ムハンマド、...
ユダヤ教にとってのナチズム、アウシュビッツへの絶対的な被害者意識、被差別意識など...

それらはまるで、本人自身ではないように見えて、
実は本人への罵倒や嘲笑以上に、
“怒り”の原因であったりする。

         なぜならそれはやはり“本人”の
           延長された、拡張された、あるいは投影された、
                          自己同一化だからなのだ。

むろん、個人レベルの精神と肉体においては、よりハッキリした“地雷”がある。
複雑な家族関係とか、根深い劣等感とか....、
「足を踏んだ」とか、「頬を殴った」とかも同じだ。

  <やられた>と思った相手は、さぞかし、大いに怒るだろう....


   <踏んづけた><叩いた><侮辱した><犯した><傷つけた>...

     たとえば...本人の肉体を、財産を、恋人を、家族を、友人を、...

   <踏んづけた><叩いた><侮辱した><犯した><傷つけた>...

     たとえば...自由を、権利を、名誉を...信義、信念、信条を、理想を...

          わたしの、   わたしの、   わたしの.....
              僕の、   自分の、   俺の、   ワタクシの....

                     “わたしのXX”、“わたしの〇〇”、
                        そこを根拠に、爆心地にして、ひとは怒り出す....

                          では?

    それらに対して、<侵犯した>どころか、
               <根底から否定した>  ならば、
                        一体、全体、どうなってしまうのやら?

  
     「もし、あなたの “怒り” とやらを、
         いまここで見せてみる事も、
          持ってくる事も出来ないならば
           それは、あなたの本性ではないんじゃないか?」

  こんなことを、浮気がばれた夫が、妻の前で涼しげに言ったら
  もはや命はないだろう

これは、限りない信頼関係にある、弟子と和尚(マスター)との間だけで赦される、
極めてきわどい会話なのだと、これで解るのではないだろうか?

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  「そんなもの、あなたの“根底”でも“本性”でもないんじゃないか?」

  「 “あなた” がアイデンティティーを感じているものは、実はすべて“無底”なのではないか?」

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 こんな疑いを投げかけられたとき、....
   この様な種類の、...問いかけの、...真意が、もし理解出来たとしたなら...????


          それは、とても恐るべき瞬間、きわどい瞬間である。

    「怒り、とは“わたし=自己同一化”を根拠として
                        わき出してくるもの」

    「もしも、それ
等=自己同一化すべて“無底”であるなら?」

     「つまり、“わたし” の
             正体こそは、

                    根底こそは、   “無”である」


                                 ...っと言うことになってしまう!!!


それがばれないように、いや、それを自覚しないように、....

わたしたちは、(自他の)怒りという現象をいつも恐れ、いつも逃げ出してしまうのではないだろうか?

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