映画「マトリックス」では、高速度で演算シュミレートされた世界の中で
人類が金魚鉢の中の金魚の様に〝養殖〟されている悪夢が描かれていた。

コスミック・トリガー―イリュミナティ最後の秘密
ロバート・アントン ウィルソン
八幡書店
1994-04


           「我々は“飼われて”いる」

私はまだ見たことはない映画だが、「インセプション」という最近の映画では
さらに、夢が何階層にも重なっている描写があるそうだ。

つまり、夢から覚めたと思ったら、それもまた夢だったという話だ。


  これらの映画の世界は、それでもまだ、“サイバーパンクだねえ”と、
  あくまでもSF世界として“面白がられて”いるだけに過ぎない。

  最近、イギリスの科学者だか科学誌かなんかに、

  「我々の住んでいるこの世界は、どおやら数百年後の
  コンピューター・シュミレーションの中の様だ」

  っという話が掲載されたらしいという話題を見かけた。


 それでも、まだまだ、これは人々の間では仮説という段階でさえ
 捉えられていないヨタ話扱いなのではないだろうか?


 わたしは、このブログで何度か「その疑いがあるだけで充分だ」という
 表現を、かなり意図的にしてきた。

 その最たる“疑い”というのが上記のマトリックス世界観だ。


バシャール -BASHAR- 2009/9
 ファースト・コンタクトとその後について


バシャール -BASHAR- 2009/9 ファースト・コンタクトとその後について


オリジナル翻訳字幕=平山 由紀子/地球人のためのスピリチュアル・レッスン☆VastStillness: http://yukiko.vastill.com/4/


     字幕編集zowgenジャンプ先はワークショップ動画= sm3013163



ここでバシャールは「あなたたちは制限世界の博士号を取得しようとしている」
と称賛してくれている。

改めて・・・この「制限」とはなにか?問うてみたい

そりゃああるでしょ?  重力とか、貨幣経済とか・・・イッパイ
そりゃあもう地球は    ・・・制限だらけ(笑)

でも、もしかしたら、最大の制限とは、わたしたちが一番疑っていないこと

    ・・・・かもよ?

つまり、唯一一番疑いにくいこととは

「この制限世界は現実ではない、仮想現実なのではないか?」ということだ。

確かに、最近のIT技術の進歩によって、カクカク動くネトゲ世界の廃人が
社会問題になるぐらい、仮想現実に精神が飲み込まれることが話題にはなるけど
だからマトリックスの様な映画も「空想可能」になった。

「でもあくまでも空想話でしょ?」

「いくらコンピューターの発達がめざましいとは言っても、
  この今見ている世界までもがリアルじゃないだなんて
                ・・・頭イカレてるんじゃない?」

ほとんど誰もが、そう思ってるんじゃないだろうか?

その最大の原因は、この世界のあまりにも緻密さ、
肉体に備わる五感で感じ取ることの生々しさ・・・

これほどまでの凄まじい情報量を、シュミレーション出来る
演算装置・・・つまりコンピューターの可能性を、到底想像出来ないからなのだ。

自分の身体の体毛一本に至るまで、目くそ鼻くそ一つに至るまで、
この世界のチリホコリ一つに至るまで、....いやいや、それを構成している
分子レベル、原子レベルまでが、ずぇ~~~んぶシュミレーションだって?

オナニーしたときの快感までが?


                          ・・・んな馬鹿な!あり得ない!!

いくら、高速演算が出来るとしても、そんなの想像も出来ない!

    ごもっとも

第一、万が一それが可能な演算装置が未来に可能であったにせよ
(本当はその、私たちから見た“未来”が、本当は現在で、
わたしたちが2014年だと思わされているだけだとして・・・・)

   ・・・・じゃあそんな莫大な演算の為のエネルギーは何の為?
             わたしたちにこんな緻密な夢を見せる“目的”は何?


   これらの疑問は、「高速な演算」という概念自体を越えることで
    解答し得る。


    まず、これほどまでに超高速な情報処理装置が存在し得るか?
   っと言うことに関すれば、実は<ある>のだ。すでに!

    それは、<あなた>という意識そのものだ。


   ファ?  そんなばかなだって?

   確かに私たちの表面意識は、2~3桁の四則演算をしようとするだけで
   「う~~ん」となってしまう。

   でも、いまあなたが見聞き、感じている世界とは、あなたの脳が五感情報を
   一瞬に統合して得られた結果だ。

    ・・・如何に莫大な情報が捌かれているのか?あなた自身さえ把握していない

     「あなた」という表面意識が捉えている、把握している情報とは、
    あなたが実際に、瞬時に捉えている莫大な情報のホンの一部に過ぎない。

   体内の皮膚感覚やら、血流の感覚、脳内の血糖値が下がることによって感じる
   空腹感・・・・  これらのプロセスのどれ位までをあなたの表面意識は
   把握している?  ・・・・身体の内外の様々な出来事、これらすべてだ。


   人間の脳が、それ程までに凄まじい能力であるとして、
   じゃあ、これらの大脳の進化は、偶然の重なり?

   もしそうではないとしたら、(必然だとしたら)この自然の進化の過程で
   人間の大脳までを作り上げた“宇宙的意思”って何?

   つまり、これはもう、「演算」というレベルというか、概念を越えているのだ。



   「演算」とは、インプットがあり、アウトプットがある。その間には
   「演算過程」がある。

   「演算過程」には、どれほど小さくとも(高速であっても)どうしても
   時間が必要だ。

   これら、全宇宙で同時多発的に同時進行している様々なプロセスは
   どこかで集中演算して、その結果をフィードバックしても

<到底間に合わない>
<光の速度でもぜんぜん間に合わない>


となると、そこにタキオン(滝音)粒子の様なものを想定せざるを得ない。

つまりは、物理的な因果律を越えた無限速度での全宇宙の統合調和だ


   これこそが、<私たちの意識>そのものではないか?

いや、それ以外の可能性があるだろうか?


つまり、私たちが今見て、体験している世界とは、
私たち自身が創造、生成している世界というわけだ。

マトリックスで、人間を“飼っていた”のは、コンピューターだったが
この現実世界で、制限を与え、・・・

    人間の意識であるわたしたちに
制限世界のリアリティーの夢を見させているのは、
           わたしたち自身である    ・・・可能性が極めて高い。

夢を見ているものと、見させているものが、同じなのだ。

つまり、意図的に夢を見させているとしたなら、
つまりは、これは自分で作ったゲームに、自分自身が潜り込んでいる
と言うことになる。

こうなってくると、寿命の意味も理解出来る
つまり、確実に覚醒する為に人体という夢のカプセルに仕掛けた
タイマー・・・・  それが“寿命”だということになる。


なぜ、ヴィパサナが瞑想の中でも、もっとも重要で基本的と見なされるのか?

つまり、呼吸とは「自分の様な」「自分じゃない様な」表面意識と潜在意識との
中間的な共同作業としての色彩が強いからだ。


じつは“なにげ”な意思決定のほとんどは「自分の様な」「自分じゃない様な」
部分でなされている。

でも、日常でそれに気がつくことは少ない。
つまり、表面意識と潜在意識とは「分離している」という「思い込み」で
わたしたちは日常暮らしているのだ。

「覚醒」というと、わたしたちは夢から覚めて活動している日常をイメージする

ところが、OSHOやその他、“覚者”と呼ばれる人達が指し示す“覚醒”とは
むしろ“夢”と“現実感覚”との中間的なトランス状態を指し示している様に感じる。

「俺がやっている」という責任者的自覚とは、むしろ「幻想だ」と覚者は言う

むしろ「存在に身を委ねなさい」という。  「そこに覚醒がある」っと。

つまり、「えーっとぉ・・・」  っと、必死に解答しようとしている「わたし」こそが
幻想と言うことなのだ。  それは「演算」の世界だ。

「演算」を越えた「コール&レスポンス」こそが
「無」と「無限」とのキャッチボールなのかもしれない。


あなたという意識は、“彼方”から来ているのかも知れない
あなたという意識は、すでに「死を越えた向こう側から」来ているのかも知れないのだ