通貨とは、
昔は地中から発掘され、精練された貴金属だった
現代は銀行のローンから産み出される数字だ

それは、
私たちの奴隷契約から発生し
私たちの労働の対価である収入もまた
誰かの奴隷契約から循環してきたものだ

他国との戦争に駆り立てられた国家も例外では無い
莫大な戦費調達の為に
国家もまた個人や法人と変わらず、金融マフィアに蹂躙されてきた

だから、
この循環の頂上に君臨してきたユダヤが
現代まで全世界を奴隷にしてきた

「お金」の本質とは、このマークがすべてを表現している



ピラミッドの底辺から上部までは「組織社会」だが、
その頂点の「目」はピラミットの胴体から空中に遊離している

この「遊離」こそが「社会からの隔絶」を意味している・・・
  ・・・「かれら」は「アンタッチャブル、不可触民」だ

「お金の本質とは、債権と債務の記録だ」と三橋貴明氏は言った

つまり、
お金の本質とはその額面分の
   「奴隷にする権利」と
   「奴隷にされる義務」との、
      〝人種〟の分離なのだ

江戸時代までの「年貢」や、
イスラム世界での「融資」は、そういう人と人との分離は生まない

この人と人との分離で生じる「空間:隔たり:裂け目:ボイド」こそが
お金というもののスピリチュアリティーを示している

しかし、
お金を稼ぐことが自己実現なのだとか
左脳系スピリチュアルとかが言う様に
「お金」がスピリチュアルの最上位なのかと言えば、そうではない
「お金」に可能なのは、せいぜい「煩わしい世間からの一時的分離」に過ぎない

本来のスピリチュアリズムとは
「マーケットプレイスからの逃避」ではなく
 「あらゆる自己同一化からの分離」であり、
それこそが同時に
  「永遠に新鮮なアイデンティティーの発見」でもある

「お金」をいくら天高く積み上げても、
   地球の重力から自由になることは出来ない

   それが可能なのは「瞑想」のみ、だ