世の中にはありとあらゆる暴力、差別、アンフェアーがある
個人的にも多くの痛み、苦しみ、怒り、悲しみがある

もしそれらをすべて、〝実は〟私たちは「楽しんで」いるのだ・・・
・・・っと断言してしまったら、
     たぶん四方八方からブーイングが飛んでくるだろう

でもしかし、
もしそうだとしたならば、この世には被害者も加害者もいない
もしそうならば、人生にはシリアスなことは何も無い

この世の不正を全て正そう・・・
存在するもの全ての痛み、苦しみを救済しよう・・・
全人類を覚醒させて、地球をアセンションに導こう・・・
                   っという大義でさえ
本当はただの楽しみ、ただの遊び、ただのゲームに過ぎないかも知れない

・・・で、あれば為すべき事は何も無い
     世はおしなべて事も為し・・・っということである

その時、誰の、どんな生き様、あり様に対しても
私たちは絶対的に否定する根拠を失う・・・・


覚えておくがいい
これまで誰ひとりとして
気づいているとき、意識的なときに過ちを犯したことはない
すべての罪は、気づきのなさから生まれる
それは気づきのなさそのものだ
私の知るかぎり、気づきのなさが唯一の罪だ
観照は気づきのなさを破壊する
Osho