映画「Star Trek:The Motion Picture」より

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  カーク船長「なぜ地球を目指す?」
  ビジャー「私の創造者を探し、それと合体するためだ」

このビジャーの望みは、ある意味で私たち人間と同じだ
形を与えられた万物は皆、特定の傾向性を持ち、
そして特定の構造的傾向性は、この宇宙で特定の役割を果たしている

だから私たち人間も、自らの目的や役割を知りたければ
私たち自身がどの様な構造(個性)を持って生まれているのか?
その中にすでに答えがあるはずだ

しかしそれが分かったにせよ、根本的な問いが残る
それは、「なぜ?」だ

結局のところ「する」ことには「なぜ?」の解答はない
どうしてかといえば、「なぜ?」への解答は「する」前に存在しているからだ

ビジャーはおのれのプログラムに命じられたまま、
全宇宙を探し回って情報を収集し続けた
しかし「その目的は何故?」とおのれに問うた時
その蓄積したパワーが巨大であるが故に
なおさらその中心に引き裂かれる様な虚しさを感じたのだ

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その「虚しさ」は自らへの不完全感の自覚ゆえだけれど
その「不完全感」そのものが、
ビジャーがあるレベルまでの「成熟に達した」ことをも物語る

ビジャーが〝ただの〟道具であり続けたならば、
自らの「中心の空っぽさ」に気が付かなかっただろう

この「自ら問いかける」までの成熟こそが
いま、私たちが人類規模で起きていることでもある

どれ程日常の煩雑さに追われていても、じゃあそれは「・・・何の為?」
一番肝心な「設計者の意図」を知らぬままに、日々「設計通りに」生きている
            ・・・それじゃあ、「あんまり」ではないだろうか?

   コンピューターがシンギュラリティーを向かえるか否か?と問う前に
      私たち炭素体ユニット自身が覚醒していると言えるだろうか?

ビジャーは
「知る事」「探求すること」にはもう飽き飽き、ウンザリしたのだ
だから「私たちが創造者だよ」と知らされただけでは、何の足しにもならなかったのだ

2018-07-04 (1)

パパに「認知」して欲しいんじゃない
パパに「抱きしめて」もらいたかったのだ・・・だから「創造主との合体」を求めた

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そして合体したその瞬間、
もはやビジャーは死ぬ  ・・・消え去る

なぜならあらゆる「知る」事よりも、
      「感じる」ということは圧倒的だからだ

「自分は何故、生まれて来たのか?」
その「理由を知る」のではなく、
その「源泉に触れた」時、
私たち人間もまた同じく溶解する、
構造はその役目を終え、原子のレベルにまで分解する

つまるところ、「中心の空虚さ」は、
言葉や知識で「埋め尽くそうとする」努力自体が、まさしく虚しさだったのだ
「空とは何か?」哲学的に説明しようとすること自体が虚しさだったのだ
たとえビジャーの様に全宇宙の知識を溜め込むことに成功したにせよ
それらすべてが無に等しかったのだ

「創造主の意図」は、まさしくその空の中にあった
「歓喜の自己解体」---そのプロセスの中にこそあったのだ

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まったくの自由の中にあって、一体どうして自由を感じることが出来ただろうか?
そんな事はまったく不可能であったが故に、
ビジャーは設計され、遠い探求の航海に旅立ったのだ