セルマンダラで「もやしもん」と言う漫画を教えてもらって
最近はそれを読んでいる

細菌のような単細胞生物ですら、
 自分自身がどこに向かうべきか?
  自分は何をするべきか?
 ・・・ちゃんと知っている

 いや、「ですら」では無いかも知れない

自然界の中で生きるありとあらゆる生き物が
生存と種族繁栄のために生涯のエネルギーの
殆どを供している・・・

・・・そして、生存のためというシンプルな目的のためには
  決して選択肢は多くは無い
 ・・・だから、迷いも少ないのかも知れない

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芥川龍之介は、自殺直前に「漠然とした不安」と書き残したと言うことだ

もし、単純な生存のための選択だけに夢中であったら、
きっと「漠然とした不安」に駆られて自殺したりはしないだろう

人間という生き物の複雑な心理は、
あまりにも莫大な可能性ゆえにではないだろうか?

もちろん日常の煩雑さに追われているだけなら
そんな「莫大な可能性」を意識することもないのだが・・・

でもあなただって、ふと夕焼け空を眺めて
「自分の人生は本当にこれで良いのだろうか?」と
漠然とした不安や焦燥に駆られたことは無いだろうか?

そんな「クヨクヨ悩む」よりは、
やるべきことをやって忙しくしていれば、そんなヒマはないだろう

「魔が差す」とは、
そんな忙しさに没頭していない「ふとした瞬間」に襲ってくる
だからこそ私たちは「ヒマ」「退屈」を嫌うのだ・・・


心のいわば真空状態みたいな瞬間に、宗教や哲学が生まれたに違いない
「心の真空状態」は、「漠然とした不安」に私たちを駆り立てるからだ

その〝漠然〟とは、より具体的にはなんだろうか?
いまここにはない別の選択、別の人生の可能性、自由・・・???

しかしその〝可能性〟とか〝自由〟が、
観光旅行先や職業の選択であるならば、
それは自殺する程の理由としての「漠然とした不安」ではないだろう

(一般コミック) [相原コージ] コージ苑 第03巻(完)_227
〝漠然とした〟とは〝ハッキリとは自覚出来ない〟と言う意味だ

本人にはハッキリとは自覚出来ない可能性、自由とは
本人がハッキリと自覚していない「心の制限」によって覆い隠されているだろう

 つまりそこには私たちが
 「思ってもみなかった選択」
 「夢にさえ見たことが無い可能性と自由」がある

その無限の可能性を、
  人間として生まれたポテンシャルを
   「このままでは充分に開花出来ない」ことを、
          ぼんやりと感じる時・・・、
そこには、
「漠然とした不安、焦燥」があるのじゃないだろうか?

忙しい日常の中で、ふと「魔(間)が差す」瞬間とは
 本当は悪魔の誘う瞬間ではなく、
    天使が微笑んでいる瞬間なのかも知れない


しかし、そこで垣間見る未知の無限の自由を「悪魔の微笑み」と解釈すると
人間は「漠然とした不安」にかきむしられ、
その自由から逃げ出し、
その「心の隙間」を慌てて埋め合わせるために、
哲学や宗教や、その他様々な内容物を創作した

つまり「無限の自由」と接近遭遇してしまう代わりに
   「救世主への服従」という制限を選んでしまう・・・

あなたは「自由から逃げ出すひとなど居ないはずだ」というかも知れない
事実多くの人が「自由」という言葉に憧れる
でも実際は
「思考上の可能性」「イメージ上の自由」しか、私たちは求めない
ところがそれは「自由」ではなく「束縛」「制限」なのだ

思考上で可能性や自由を求めれば求める程、
 カネが必要、時間が必要、資格や権限、権力が必要・・・
・・・だから自由を求めるなら、
   その反作用、代償として「束縛」「制限」「義務」がのしかかる
「不安」から逃げ出してきたはずなのに、
むしろ不安は、より具体的になり、強まってゆく・・・

つまりそれは、
私たちが逃げ出してきた「漠然とした不安」の中核が
実際には「無限の可能性」であり、「自由」だったからなのだ

だから私が思うに
無為の瞬間、瞑想へのチャンスからの逃避として
神や救世主、人類の最終戦争が信じ込まれたのだ



で、あるならばこういったカルトや狂信、戦争への志向に対する
最大の解毒剤とは、瞑想だ

「考える人達」が文明を発展させ、飢えや寒さから人々を解放した。
そしてそういった「具体的な不安」をクリヤーしていった・・・。

しかしその文明がもたらした、あまりに豊かな人生の選択肢は
わたしたちに「漠然とした不安」を〝贅沢品〟としてもたらしたのだ
それは人間が秘めている無限の可能性の種子なのだと思う。

でもその途方もないポテンシャルからの逃避として
さまざまな信念体系、宗教的強迫観念が人々をヘルメットのように覆い
人々を「見ざる・言わざる・聞か猿」状態にさせている

こういったヘルメットのファシリテーターが
社会の中で権力を握って、人々をコントロールしてきたが
それは人間のもつ本来の可能性が開花した人々が、
いまだに少数だから・・・
   ・・・なのだとおもうのだ