アメリカDCコミックの最も古いヒーロー「スーパーマン」では
その宿敵として天才科学者レックス・ルーサーと言うのが現れる

映画版のスーパーマンでは、
ジーン・ハックマンやケビン・スペイシーが
    小気味よくこの悪役を演じていた



で、一つ面白いポイント、なおかつ妙なリアリティーのある設定がある・・・
レックス・ルーサー本人は超天才なのだけれど、周囲の子分達や
情婦であるミス・ティッシュマーカーが揃いに揃ってトンマで大馬鹿なのだ

・・・そしてそのことがイヤミで高圧的、癇癪持ちな悪の主人公に
   コミカルで、どこか憎みきれないテイストをくわているのだ



  なぜこの設定が、見る者に何となく現実味を感じさせるのか?
  これがちょっと、長い間興味深かった・・・・

今朝その長年の疑問に対して、
ふっと仮説が湧いたのでここに書き留めておきたい

つまり、それはレックス・ルーサーが自分以外の人間を
みんな「愚民ども」と看做しているからじゃないだろうか?

それがまた彼を悪の帝王為らしめてもいる要素でもある
・・・つまり「俺は天才だ」という特権意識だ

   彼の、世界を破滅させかねない程の悪事への動機も
   その自負心から発しているところが大きいだろうと思う

彼程の〝事実〟天才が、なぜアタマの悪い子分共しか得られないのか?

・・・この点に関しては「類は友を呼ぶ」法則だけでは、
   ちょっと説明しがたい様に思う

「世界が自分の在り方の鏡だ」と言った場合、
その鏡に映った虚像(人間関係)は、単純に「似たもの同士」とは限らない
むしろ〝正反対〟である事の方が多いのではないだろうか?

鏡に映る自分の虚像とは、
 「そっくりそのまんま」・・・だけど「正反対」なのだ
  それは線対称だったり面対称だったり点対称だったり・・・

レックス・ルーサーも、その子分達が足を引っ張るが故に
スーパーマンをかなり追い詰めつつも、後一歩で彼の野望は挫かれる

・・・そんな風にして、また世界は無事に均衡(平和)を保っているのだ

もしこの、レックス・ルーサーを、
たとえば特権(エリート)意識に凝り固まった、
イルミナティーなどに当てはめたらどうなるだろうか?

もしかれらが、単なる思い上がりの集団であるならば
彼等の手下達も「バカばっかり」で足を引っ張っているかも知れない
実際凶悪な事件や戦争を起こすことに成功はしても、
「あと一歩」というところで
ある種の世界的なバランスが働いているのかも知れない

逆に、もしあなたが周囲の人間関係を
英知に溢れた人々であると看做せば、そういう人々だらけになるだろうし
愛情に溢れた人々であると看做せば、そういう人々だらけになるだろう