癌というのは遺伝子のコピーミスによる突然変異のことだ

だから癌の発生原因にはいろんな種類がある
例えば環境汚染や放射能の影響によってもコピーミスは起きるし
例えば自己否定感やその他のかたくなな信念に凝り固まることで
「いまここの自分を偽る」ことによっても自己複製メカニズムは狂う

そして
人間に近い生物の遺伝子を体内に取り込むことによっても発生する
つまり温血動物、哺乳類を食べる、ということだ

〝食べる〟というのは、ある意味で結婚であり愛の行為でもある
命を引き継ぐというのは荘厳な行為であり
その点では食事もセックスも同じだ

相手の遺伝子と自分の遺伝子をブレンドする
荘厳で神聖な行為だからこそ、リスクも大きい・・・
人間にとって、もっとも癌になりやすい食べ物は「人間」だ
カニバリズムは他人の死んだ肉体を食べること・・・
他人の細胞を経口摂取すれば、近いもの同士がブレンドされるわけだから
当然遺伝子のコピーミスが起きやすい

たとえば旅客機の遭難事故で死んだスチュアーデスの
「脳を食べて生き残った」みたいな実話が映画化されたりしているが
むろんそれは非常時にはやむを得ない措置ではある
だからといって即、癌になるわけではない

しかし
毎日のディナーに人間の脳みそというのは
あまりあなたの健康にはお薦め出来ない

たぶん栄養学的には、
人間は、人間を食べるのがパーフェクトなのだろうが・・・・

ヴィーガンであれ、
その他様々な哲学であれ、宗教、科学であれ・・・、
何であれ
理屈としては美しく、整合性があると、人はついつい盲信してしまう
誰のこころの中にも「永遠不変の真理」への憧れはあるし
さらにはその法則に万能性を期待してしまうものだ

しかし宇宙とはそれ程単純なものではなく
実に多角的な視点を要求してくるし
流転万化しているものだ・・・
「これこそ真理だ」と立ち止まった瞬間に
私たちは足元をさらわれてしまうだろう

・・・でもそれは祝福だ

私たちは決して「真理の所有者」になる事は出来ない
一つの真理を見いだして、それを得意満面に振り回しても
それは決して長くは続かない  ・・・でもそれは呪いではなく祝福だ

なぜなら、もし私たちが真理の所有者になったのならば
全宇宙の重み(責任)が私たちにのしかかってくるだろう
「知る」ということにはそれなりの責任がつきまとう

私たちはいつも「地の漂流者」へと突き落とされる
そして大地を彷徨い、流離う、あるいは見知らぬ異郷の地で死ぬだろう

何かを宣言したならば、
宣言したカッチリ同じ分だけ
私たちは恥をかいて死ぬことになる・・・
後の世の人々は、私たちの墓に唾を吐きかけ
さらに後の世には、現在の私たちの誰ひとり、思い出すこともないだろう

    ・・・でもそれでこそ人生は帳尻が合うものなのだとわたしは思う

真に沈黙の価値を知るものとは、
そのバランスを知っているもののことなのだと、私は思う