Star Trek The Next Generation 第136話
「甦ったモリアーティ教授 Ship In A Bottle」


・・・の感想

ある次元(夢)のなかでの満足が得られた時、
わたしたちはその夢のキューブの中に閉じ込められ
そして誰かに笑われながら「取り扱われ」ることになる


自由はキューブの中に 投稿者 maneel-katal

「幸せ?」  ・・・確かに幸福ではあるだろう、自由も感じるだろう
それが「与えられた自由」だと気が付かない内ならば

この時空間が、もしひとつの金魚鉢であるならば、
わたしたちはその中を泳ぐ金魚だ

透明な金魚鉢の壁が球面上にカーブしていれば
わたしたちはその壁を無意識に迂回し、
そして傷つくこともなく、何の限界も感じずに
その中で一生を過ごすかも知れない

「私は自由だ」と感じて満足することが
ひょっとしたら最大の奴隷状態かも知れないが
でも。とても「幸福な」奴隷だろう

私たち金魚にとって、金魚鉢の外側に憧れることは
単純に不幸なだけかも知れない

「自分達は飼育された屈辱的な存在だ」ということが真実だとして
その真実にはいったいどんな価値があるだろうか?

・・・ただし、価値があるかないかはさておき、
   自分が金魚鉢の中の存在だと自覚してしまうことは
   とてつもない不幸であることは間違いなさそうだ

その真実に価値があるとするならば、
それは私たちが金魚鉢の外で生活出来る可能性がある時だけだ

そこには私たちが、夢にさえ見ることがなかった新しく広大な世界があるだろう
そして莫大な自由がある・・・ でも、それを知らなかったとしても
その自由を享受出来る能力が無いならば、いささかも不幸でも不自由でもない

自由とは、比較不能なのだ

金魚鉢の中の金魚が感じている自由や幸福と
私たちが感じている自由や幸福とは比較不能だ

それは、あまりにも規模が違いすぎるからでも、異質だからでもない
自由とか幸福というのは滅多に自覚出来ないものだからだ・・・

自由や幸福を自覚する時と言うのは
凄まじい不自由や不幸な体験とのコントラストでしか自覚出来ないからだ

「自覚出来ないもの、自覚していないもの」をどうやって比較出来るだろう?
その点では金魚も人間も同じだ

だから唯一、とてつもない不幸や不自由を自覚出来るものだけが
膨大な幸福や、爆発的な自由を自覚出来る可能性を得る

だれも、体験している物理的な現実は大した違いは無いだろう
誰にでも赤いリンゴは、大体同じように「赤いリンゴ」に見えているはずだ

物理的な現実の体験は大体皆が大差なく共有しているのだと思う
にもかかわらず、「何かがおかしい」と感じる人々も存在する・・・

それはハッキリと言葉では説明出来ない ・・・でも感じる
気がおかしくなりそうな程・・・  何かがヘンだ
モーフィアスとアンダーソン

なにか「キューブの中に閉じ込められたような」感じがする
そんな感じがして「気が狂いそうな状態」は確かに不幸だろう

でもそれでもいい
きっとその「奇妙な感覚」とは、「オマエは金魚ではない」と告げているのだ

私には全ての馴れ合い、全ての優しさ、全ての愛が、ニセモノに感じる
それらがすべて「金魚に与えられている環境とエサ」のように見える
目に見えない、滑らかにカーブして屈曲した金魚鉢の透明な壁面がそこにある
私の中のムズムズした感覚が告げる・・・「ウソだ、嘘だ、すべてがデタラメだ」と

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