Star Trek The Next Generation 第134~135話
「戦闘種族カーデシア星人(後編) Chain Of Command, Part II」

カーデシアに囚われたピカードは拷問に掛けられた上で自由をエサに
4っつしかないライトを「5つ」と答える様に強制される

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最後まで拷問に耐え抜いたピカードは最後に絶叫する

「ライトは4っつしかない!四つだ!!」

no title

4っつしかないライトを5つと答えるだけで「自由にしてやる」という誘惑を
なぜ振り払う必要があっただろうか?

 別に4っつだろうが、5つだろうがいいじゃないか?

・・・しかし、ここにフランス人としてのピカードの
   「意地」あるいは「誇り」というものがよく描写されている様に思う

人生では、ひとたびこの「意地」というものをねじ曲げてしまうと
もう二度と後戻りは出来ないことを、ピカードはよく知っているからなのだろう

ひとたび誘惑に負けて
白を黒と言ってしまうと、自分自身を曲げてしまうと
人間はもうあとはなし崩しに「他人のオモチャ」へと転落してしまう

この恐ろしい誘惑は、とてもさりげなく日常の中に忍び込んでくる
自分自身への欺瞞とは、とても微妙に少しずつやってくる
「自分自身を欺いた」という自覚とは「習慣」の中から浸食してくる
しかし確実に私達を家畜化、奴隷化してゆく

私達は金銭を与えられ、訓練を受け、ちょっとずつ抵抗感を失ってゆく
「生活のためなんだからやむを得ない・・・」あるいはありとあらゆる弁明が
妥協してゆく、流されてゆく痛みの慰めとして、麻酔として機能してゆく

〝現実的〟妥協は、鈍感さは、日常生活では「生活必需品だ」というのが
この社会に生まれてきた時からずっと私達を覆ってきたワナなのだと思う

私達はいつしか自分から自主的にこの麻薬を服用しはじめる
そしてこの〝痺れ〟が薄らがない様に、この麻薬をますます強くして
種類を次々と増やして、一層煽り続ける・・・ そしてこの麻薬漬けの終焉が
癌であったり、その他の生活習慣病だったり、自殺だったりする

わたしたちは「なぜ?」「どうして?」という質問を徹底して追求したことなどない
そんな事をしてしまったら「キリがない」「シラけてしまう」
つまりは「日常的常識という〝酔い〟が醒めてしまう」からなのだ

一見どうでも良い様な妥協こそが、実は自分自身を喪失する落とし穴への一歩なのだ

社会とは、私達にユニフォームを着せたがる
子供のウチから、まず人間としての尊厳をむしり取る
「ノー」と言わない人格形成をあしらっていき
「協調性」「融和性」「リーダーシップ」を良い資質として褒めそやし
「非協力的」「協調性の無さ」は叱責されたり、無視されたり、排除される

そういう基準が埋め込まれ、人は皆ロボットの様に生きてきたのだ
それは本物のロボットの生産性の高さが台頭する現代によって、
もう終焉を迎えるべき時を迎えたのだろう