「自由」とは何か?と問うなら、シンプルな言葉であるが故にとても難しい

それは「真・善・美」とか、「愛、平和、幸福、健康・・・」といった
原初的な言葉と同類だと思う・・・その定義はとても難しい

しかし「解放」という言葉はハッキリと言語化しやすい
解放とは「不自由」から「自由な状態」へと移行した時に誰もが強烈に感じることだ

もしあなたが「自由を感じる」のだとしたら
すなわち「開放感を感じて」いるのだ

つまり、「自由」の対極としての、極めて過酷な不自由、抑圧、制限、息苦しさを
あなたが感じ、苦しんだ過去があることを物語っている

ひとは「愛のない状態」「平和の無い状態」「幸福ではない、病気の状態」ならば
即座に理解出来る・・・

「逃げ出したいような状態」というのに定義など無用なのだ

もしあなたが「自由を体験したい」ならば「不自由」を体験するだろう
「優しさ」を味わいたいなら、「厳しさ」がやってくる
「至福、解脱、エクスタシーを体験したい」ならば
「惨めさ、堂々巡り、地獄のような退屈さや焦り、孤独、とてつもない虚しさ」
を体験するだろう
なぜならそれらを通さなければ、「至福、解脱、エクスタシー」は体験できないからだ

・・・それでもあなたは「自由」を、「至福」を求めるのだろうか?

本当は「解放の瞬間」だけでなくても、ずっと多くの束縛や制限から
私たちはすでに自由なのだ、しかしその自覚はとても難しい
それに気が付かずにブウたれているだけなのだ

そういう人のために、運命は「解放の瞬間」を用意してくれる
その瞬間にだけ、わたしたちは「自由とは何か?」を
言語に絶する感覚によって、垣間見ることが出来るのだ
「欲しがる人」が「満たされる」のは常にホンの一瞬だけだ
そして、そのあとには麻薬のような禁断症状が永遠に続く・・・