もし、「世界のすべてがシンプルだ」っと宣言する人がいるなら
その人は並外れた天才か?救世主か? あるいは短絡的なバカだ

わたしはその人に言うだろう
  「いや、世界は単純じゃないよ」っと・・・

  事実世界は単純じゃない、世界の政治も、気象も、地震の起きる原因も
  人々の心も・・・・

だからいまだに完全には気象や地震の予測は出来ないし、世界は事実平和ではないし
女心は秋の空なのだ

世界が単純ではないという証拠は、いくらでも転がっているし、いくらでも列挙出来る

逆に、「ああ、世界って複雑ですね」と途方に暮れ、嘆き、疲れた人がいるならば
わたしはその人の肩を抱いてこう慰める

  「いや、そうでもないさ、この世の中って意外に単純だよ」っと・・・

  確かに物事の現れている現象は複雑怪奇だが、それらはいくつかのシンプルな
  原理原則が組み合わさっているのに過ぎない

世界は細かく定義してみれば、専門用語はゴマンとあるし、専門分野は網の目の様だ
しかしどの分野であれ、本当に精通している人ならば子供にでも判る様に
自分の研究成果を説明出来るはずだ・・・とてもエキサイティングに、面白おかしく

・・・それが可能な人こそが「精通者」なのだとおもう

だれもが自分の関心を持てる分野のエキスパートになれば良いと思う
それがどんな分野であるのか?どれほど社会的認知を得たり、称賛を得られるかは、
そんなことは別の話だ

・・・自分の拘りたい世界にとことん拘れば良いと思う

するとそこで、複雑な紆余曲折を通過することには成るだろうが
誰にでも単純に説明可能な究極のエッセンスにかならず突き抜けるだろうと私は思う

・・・そしたなら、それを人々にシェアーすれば良い

如何なる技術の究極のコツというのも、きっと言葉にすれば単純だ
しかし、だからといって誰もがすぐにマネ出来るかと言えばそれはまた別の話だ

たとえ言語化してしまえば単純なエッセンスも、いや、シンプルであればあるほど
そこには、そこに至るには、様々なドラマ、様々な試行錯誤があったに違いない

だから知識とは怖いのだ、
単純なことを、ただ単純だと思い込み、判ったつもりになってしまう

毎瞬毎瞬、人類の知識の蓄積は加速度的に増してゆく
だからといって、人々が賢くなってゆくのではない
人々は、如何なる複雑で精巧な装置、システムに対しても、ただアホウの様に
オペレーションを学ぶだけだ

究極的にはいずれ、もう遠くない未来に
全ての文明の利器は電源スイッチを入れて、言葉で指示するだけになるだろう
でもそれ自体は人間の〝質〟が向上したことを意味しない
むしろ、より高度なロボット達のサービスを何の疑問も持たずに受けるだけの
痴呆的な、受動的な、無機的な、「栽培されているだけの様な」人々が増えるだろう

そして彼らは言う  「ああ、世界はシンプルだね」「人生はシンプルだね」っと

いや、シンプルではない!
背後には常に一瞬の休み無く、膨大な複雑な英知の結晶が機能している

そして、「食べる」「排泄する」「眠る」「セックスする」「呼吸する」「歩く」
一見シンプルで素朴な、太古から続く生命の営みもまたそうなのだ 
そこには味わっても、味わっても、味わいきれない無限の「深み」がある

それは「シンプルだね」といって口を半開きにして即物的にも味わえるし
その複雑さに注意深く、感謝の念を持って味わうことも出来る