「・・・さとりも開ける」

う~ん、〝開いた〟のかなあ? オレ?(笑)

でも、ひとりさんがそういうぐらい、確かに素晴らしい、とてつもない体験です
だって「全宇宙が自分の責任」というのは
反転すれば「全宇宙に対して自分に権限があるから」です
すべての「他人の権限」すら「自分の権限」が カバーしていることになります

はたして「権限」を認めずに「責任」を引き受けることが可能でしょうか?
「責任の認識」と「権限の自覚」とはセットですから・・・

 ・・・ではそのアト、是非疑ってみて下さい「100%の自己責任って本当かな?」って(爆)

もし、「いま、この瞬間の私のために、この宇宙がお膳立てしてくれている」のだとしたら
これは正しいと言うことになるわけです

この宇宙に存在する無数の存在が、すべて「いまここの私のため」に振る舞っているのなら
それぞれの存在が持つ権限は、すべて私の権限で行使されているわけです

でもわたし自身も、誰もがそんな覚えはない
この「覚えがない」「自覚がない」というのは鍵だと思う・・・

・・・もし、私だけが「宇宙の中心」であり、誰もがその周辺に過ぎないのなら
これは極めて疑わしい仮説です

でももし、誰もが「自分らしく自然に振る舞う」ことが「私の幸福」であったとき
全ての人は自分らしく振る舞っているだけで「私の幸福」に貢献してくれていることになります 

ならばわたし自身も「自分らしく振る舞う」だけで全宇宙に貢献していることになります

・・・そもそも「自分らしく自然に振る舞う」とは何か?

  それは、この宇宙の中心者として生きると言うことと同義ではないでしょうか??
  「覚えがない」「自覚がない」からこそ「中心」なのではないでしょうか?
  もし、世界中が「Aさんという宇宙の王様」を自分の外側に見て、
  「Aさんのために」作為的に動いていたら?、

・・・・それが「おのおのが自分らしく自然に振る舞う」ことになるか? たぶん「ノー」でしょう

・・・そしてその逆に、Aさんからみて
「Aさんが中心」であることが「他人(Aさん以外のすべて)を周辺に追いやる」ことであれば
〝宇宙の中心をAさんが独占する〟という現象が起きますが
みんながそれぞれ自分の中心として生きることが、もし「わたし自身の幸福でもある」ならば
この問題は解決します、矛盾は解消します そこには完全な平和がもうすでにあります

「責任や権限に伴って発生する、この宇宙での私たちの義務 」とは何か?
それはつまり、「めいめいが宇宙の中心者として、自分らしく振る舞う事だ」・・・となるわけです

バガヴァン:あなた方は実際には応答する宇宙に生きているのです。