Prem Sheel -
OSHO:あらゆる人々が、 ひとつのことを探し求めて生涯を費やす・・・
「どうすれば苦しみから抜け出せるか?、...」と

あなたは、
どうすれば苦しみを追い出せるかと、永遠に問い続けている。

あなたの質問からすると、
あたかも苦しみがあなたを捕まえており、
あなたは、それから解放されたがっているように見える。

この所、やけに私の古い記事が人気の様だ
まあ確かに書いた当初は自分自身が面白いテーマだと思って書いたのだけれど
なんでまた今さら読んでもらっているのか?自分自身読み返してみた

・・・するとあらためて、
自分自身の世代(60年代生まれ)と、自分より一回り上の世代との間の大きなギャップを
意識せざるを得なかった

わたしはいわゆるインディゴチルドレン第一世代だ
特に私と同学年の1962年の寅年生まれの人達はマイペース、マイウェイの一匹狼ばかりだ

私個人は社会とそこそこ折り合いを付け、平衡を保とうとする気持ちは強いが、それでも
「協調性の無さ」は突出している(笑)・・・
・・・最近は電通の過労死問題なども話題だけれど、社会との折り合いはあくまでも二次的で
大事なのは自分自身の内面的なこだわりだ・・・  だから私の学年には特に自由業者が多い

私より上、お兄さん達とはいわゆる学生運動の「団塊の世代」で、かなり社会派が多い
かれらは「社会改革」に興味を持ち続けている世代で、っということはヒキコモリになったり
という要素は希薄だ・・・そのかわり自給自足の無農薬有機農業コミューンとかに
チャレンジして新しいライフスタイルの試行錯誤に熱心な世代だ

・・・わたし自身若い時は
そういう試みに参加しようと何度かしたが、どうも共同体というのに馴染めない

わたしたちよりちょっとお兄さんなだけの世代でも、わたしたちの「マイペース世代」には
どうも苛立ち、じれったさを感じる様である・・・  彼らから見れば私たちはすでに
「ヒキコモリ」世代で、「なんで君達はもっと自分のライフスタイルを社会に拡げないの?」
っと焚きつけてくる・・・  きっと私たちはすでに「無気力な世代」に見えるのだろう

・・・でもそうではない
それは誤解で、私たちの世代は「社会改革」というのは単なる苦行でしかないからだ

「自分にピンとこないことはしない」いや「出来ない」世代なのだ
だからそれがマイペースと言うことであり、「共同体形成」といったノリがない世代なのだ

団塊の世代の「お兄さん達」はきっとそれが自分達の自然な生き方なのだろうし
私たちの世代もそうだ

・・・私たちの後に続く世代はもっとそうだ

それは団塊の世代からみれば
「若い世代程、エゴイスティックで自閉症的」という評価になるだろう

しかしゲバ棒や火炎瓶の世代は、もう二度と来ない気がする
 ・・・そんなことが反逆とは到底思えない

いや、あらゆる政治改革、あらゆるコミュニズム運動も叉、〝本質的な〟反逆とは思えない


〝本質的な〟反逆とは、どっかに出かけて何かをすることではない
専門的な知識で覆われた世界で「自分の意見を言う」ことでも、その不完全な知識を元に
「投票に行く」ことでもない、どんな神を拝むかも見当違いだ

「どうするか?」から「どうあるか?」という問いかけへの垂直の転換なのだ
そこでは「私とは何?」という主語そのものが唯一無二の重点課題

私は、あなたの富を放棄しなさいとは言わない・・・
誰も何も、まったく何も、持ってはいないからだ。
この世では、最大の金持ちでさえ貧民だ。

何を得るか?社会の何を改革できるか?は大した意味は無い
それでも誰もが貧しいままだろうから

ブッダの言葉