いままで、いくつかの「孤独の正体」を見抜いてきたつもりだ

あるとき

  「孤独」とは「寂しさ」に対する不正直だった

自分に正直に「寂しい」と告白できる時、人はこころを開いている
ところが「孤独だ」と俯いている時、人は心を閉ざしている

「寂しい」という時、それは甘えているかも知れない、
   ・・・それは弱々しく、見窄らしいかも知れない

   ・・・それでも自分の気持ちに正直に「寂しい」と無邪気に言えるなら、
               その正直さは強さであり気高さだと思う

「ボクは寂しいんだ」「私は寂しいの」
そう打ち明けてくれた人を決して笑ったり拒否したりするものじゃない
自分自身でも無理がない範囲で、胸を貸して上げれば良いじゃ無いか? 

あるとき

  「孤独」とは理解者や称賛者への渇望だった

「理解者が居たら、何が良いの?」
「だって理解者がいればひとりじゃないじゃん」

「ひとりじゃなければ、何が良いの?」
「ひとりじゃなければ、心強いじゃん」

「なんでひとりじゃない方が、心強いの?」
「だって味方は多い方が良いじゃん・・・」

  つまりこういうことだ、
   「孤独だ」というのは、「理解者、味方を増やして、強くなりたい」という意味なのだ

   「孤独感を忌諱する感覚」とは、
    単純に哺乳類的な「生き残りの為の策略」以上のものではない・・・

あるとき

  「孤独」とは「誰にも必要とされていない」という確信だった

バシャールは「そんな風に思うのは、最大の傲慢だ」と指摘しているが
それにも関わらず、なぜか「自分は必要とされていない」というのは
強い確信であった・・・

・・・そのバシャールが言うところの「最大の傲慢」が如何なる根拠によるものだったのか?

その理由はシンプルだった・・・「自分も叉、他人を必要としていないから」であった

もちろん、この社会の中で、
自分は多くの人間と相互依存の中で生きているのは間違いなかった・・・

・・・自分は物理的、社会的には、人を必要としていて、されていた
               しかし問題はそんなところでは無かった

  自分は、世界が滅びても構わなかった
  この惑星の全人類、全生命が滅んでも、気に掛けないつもりだった

  だからその結果、自分が死ぬのにせよ、それはやむを得ないと思えた
  なぜなら、それは「どうしようもない」「自分ひとりでは防ぎようがない」と断言出来たからだ

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先日(27日)、東京大学安田講堂にて梶田教授のノーベル賞受賞記念講演を聴いた

「物質と反物質との差はホンの極微の差だった」
「その差こそがニュートリノであり、私達の宇宙が消滅しなかったのはそのお陰のようだ・・・」

文字通りの壮大な宇宙論の世界だった!

今この宇宙とは138億年前の「紙一重の差」が「ゼロ」から一歩を踏み出して存在している・・・

「だからありがたい」「奇跡だ」という言い方も、もちろん出来るだろう
「なんだ、単なる紙一重の気まぐれ的にこの世界は存在するだけなのか?」と
                       シラけて見ることも出来る

どちらが正しい見方だとか、間違った見方だとか、誰にも言えはしない

きっと
「この世界には何の意味も価値も無い」と言い切るなら、
            そういう世界に囲まれるだろう

あるいは
「この世界の存在は奇跡に溢れているが故に無限の価値がある」
           ・・・そういっても一体誰が反論出来るだろうか?

私の住む世界のすべてが!  ・・・私次第

あなたの住む世界のすべてが!  ・・・あなた次第

     きっとそこには何の強制も、 何の模範解答も存在しないのだろう

  世界の破滅すらも、託されていると言うこと・・・
                ・・・「愛」とは「そういうこと」なのかも知れない

 「愛」を拒否して、「愛なき、虚無の世界」に住むことすら・・・きっと「愛」が許しているのだ

「まごころを君に」 なきべそ

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Prem Sheel
2012年3月28日
サイキック・パワーの誤用の 唯一の解毒剤は愛だ。

さもなければ力は汚染される。 あらゆる力は汚染される。
経済であろうと、 政治だろうと、 サイキックであろうと違いはない。
いつであれ、 あなたが力に満ちていると感じるとき、
もしもあなたに解毒剤としての愛がなければ、 あなたの力は他への災いとなる。
というのは 力は人を盲目にするからだ。
愛は目を開かせる、 愛は目をきれいにする...
あなたの認識は明晰になる。
力は曇らせる・・・ すべての力は盲目だ。
銀であろうと 金であろうと サイキックな 達成であろうと、 すべての力は盲目だ。
あなたはあなた自身しか見ていない。 そういうわけで
パタンジャリの強調する「サムヤマ」が達成されたと瞬間、 ただちに友情と愛を持ち込みなさい。
サムヤマの後、最初にあるべきことは、 すべてのエネルギーが分かちあいの愛の流れになることだ。
なんであれ分かちあわねばならない。
そのときにはどんな間違いの可能性もない。
Osho - Yoga, Volume 8