80%が、より精度をアップさせて90%に成ることはあるだろう
90%が、より精度をアップさせて99%に成ることもあるだろう、
99%が、99.9%になることも、99.99%もありえる

  ・・・でも人間の為し得ることに100%を保証できるものなどないだろう

遂に最新作が封切られた「STAR WARS episode7」だが
このスターウォーズという映画シリーズにおいては
宇宙的なフォースとその暗黒面との闘いが描かれてきた
このepisode1~6までにおいて貫かれているテーマは「光と闇との調和」だった

 なぜアナキン・スカイウォーカーことダース・ヴェイダーが
      「フォースにバランスをもたらす者」であったのか?

   つまりシス暗黒卿とは「正義の騎士達・・・ジェダイ」が落とした〝影〟であることを
   彼、ベイダーはもっとも体現した存在だったからだ



「正義(整数)を目的として制度(精度)を求めた時、そこに不正の落とし穴が必ず見つかる」

「絶対的な善を目的として人々が努力した時、そこには絶対的な悪の影が落ちる」

99.9%の小数点のあとにどれ程「9=求」を積み重ねても、それは決して100%には達しない
なぜなら「9=求」そのものが「0=完全なる静寂、平安」の拒絶を意味しているからだ
〝求〟とは「自らが欠けた、小数点的な存在である」ことの強調だからだ

   ・・・・相対的存在、小数や分数は決して絶対的な「個」になることはない
      相対とはあくまでも相対、絶対はどこまでも絶対
      部分はどこまでも部分、全体はどこまでも全体だ

        「9」が「10」に向かうには「シフト」がどうしても必要なのだろう

「9」とは球(スフィア)でもあり、子宮も暗示している

つまり「10」とは「テン=天」であり「点」でもある、「天からの授かり物、子宝」だ
「9」は渇望するが、渇望だけでは「天からの授かり物」は得られない
「9」の〝探求〟とはもっとも男性的な行為だが、それは「陽きわまって陰」にシフトする
「10」の一桁目のゼロとは「子宮の様な静けさ、受容性」で、
探求者「9」がその様に女性的に転換することで次の桁の「ワン=1」が天から降りてくる

何故私たちは絶対を求めるのか?完全性を渇望するのか?
   そんなもの、この天地のどこを探したって見つかるわけ無いのに・・・

・・・・否、たしかに見た目だけで言えば「この自然界に完全なるものなど無い」のだが
   逆にいえば全ての存在事物、森羅万象は「完全性を内在」させている・・・・

   だからこそ「絶対性を求め続ける」人間達以外には、
        完全主義者も、神経症も、統合失調症もないのだ

            自然であること・・・それ自体が内面的な完全性、調和なのだ

  人間以外の動物他はずっとそうだった・・・
  しかし逆に言えばそれ以外の選択肢は無かった

  ・・・人間だけが、「意識的に」自然体の中に完全性を再発見できる
       そして、「意識的に」そのTAOに従うことが出来る

     文明という生物最強の武器(ライト・サーベル)を持ちつつも、
      私たちがそれによって自滅しない為には、
        この「内面的な再発見」以外の道は無いように思える

世の中の表面的な、現象的な〝不完全性〟に直面しつつも
どうしたら完全性への外界への渇望に気を奪われずに、
内在的な完全性を再発見できるだろうか?

 それがOSHOがいうところの「瞑想」であろう・・・

   この記事でわたしが提案したいのは

「外界はどこまでも〝9の世界〟だ!、私たちの思考も体もずっぽりその世界の一部だ!」

っということ・・・これを徹底的に理解した時に「探求」は終わる、「渇望」も無意味になる
相対は永遠に相対のままなのだ・・・  それが絶対に辿り着く日は来ない
それが量子力学の言う「不確定性」だと思うし、哲学が言う「不可知論」だと思う

その時初めて「9」は止まり「10」が起きる・・・
               「外向きの肉眼」から「内向きの第三の眼」が機能しはじめる

ゾルバ・ザ・ブッダ・・・  私たちは外向きの両眼と内向きの心眼の3っつの眼をもって
               相対の世界と絶対の世界の両方を行き来する・・・それが「8=波」

9/10/8~光透波とはそんな意味なのかもしれない