以前何度かここに書いたことだけれど

   ・・・「生き延びる」ことと
      「生きる」こととは大きく違う

生き延びるとは、基本は肉体の存続、継続のことで、「いつか?どこか?」に属するが
生きるとは、基本的にこの瞬間のみに関わる、「いまここ」に属するテーマだ

志村 喬02

今までの地球上の生物のテーマとは、ずばり〝サバイバルと種の繁栄(繁殖)〟だった

いままでは国家神道を形成させた〝伊勢(弥生)〟系の神の仕組みだったが
これからは個々人が〝皆神〟へと進化する〝出雲(縄文)〟系の神仕組みが
復活するだろう

知性の開花とは結局のところ個々人の自覚、自立と開花のことなのだと思う

確かにこれからも肉体的な存続の必要性は残り続けるだろうが、それはもはや
従来のような〝個人の自由を越えた民族的至上命題〟ではない・・・・

いま、フォトンベルトにすでに包まれている光の世界となったこの地球においては
私たちは〝宇宙的な常識〟があっけなく理解出来るではないか????

     肉体の存続とは、あくまでも〝手段〟にすぎず、
      私たちの生の大目的とは〝自己探求〟の〝歓び〟なのだということを・・・・


この「あたりまえのこと」が何故今まで私たちの目の前から隠されてきていたのか?

なぜならば、私たち日本人にしてもいままでずっと〝敗戦〟を引きずり続けていたからなのだ

    ・・・それが、〝サバイバル〟への強迫観念として私たち日本人の心を蝕み続けてきた

       私の父は昭和10年生まれ、母は昭和15年生まれだった

     両親は思春期に敗戦を乗り越え、戦後の闇市の中から生き延びてきた世代だった

   かれらがサバイバルの強迫観念を根強く引きずり続けたことを、
   いったい誰が咎めることが出来るだろう・・・・?

  でもしかし、もう「戦争は終わった・・・  WAR is OVER」と宣言するべき歴史的瞬間が
  迫ってきたのだ・・・  これは、単なる「人類の歴史の一ページ」では収まりきらない

 地球上の生態系が産み出した最終結論だとさえ言えるだろう
 
「生き延びる」から「生きる」という、あまりにも当然のシフト・・・・

生存競争よりも相互尊重、自己尊重、「する〝Do〟」ことよりも「在る〝Be〟」ことが
優先するという〝あたりまえ〟に立ち返ることによって、私たちは無限の成長を
スタートできるのだ・・・・



質問
4
00:00:28,050 --> 00:00:37,800
生き生きと育つ知性に必要な細胞に 限られた寿命しかないために

5
00:00:38,772 --> 00:00:45,465
あるポイントを過ぎるとボケるか沈滞するしかないのでしょうか?

6
00:00:47,387 --> 00:00:50,573
それとも 必要な刺激が与えられるなら

7
00:00:51,434 --> 00:00:58,607
知性は 死の瞬間まで成長し続けることができるのでしょうか?


OSHO
8
00:01:23,800 --> 00:01:25,891
通常の人間は

9
00:01:31,800 --> 00:01:32,764
14歳で

10
00:01:41,520 --> 00:01:43,677
知性の成長を

11
00:01:49,443 --> 00:01:51,525
とめる

12
00:01:55,491 --> 00:01:59,792
それは生物学上の目的が完了するからだ

13
00:02:03,657 --> 00:02:05,826
14歳で

14
00:02:12,700 --> 00:02:14,304
その人は

15
00:02:18,000 --> 00:02:20,900
子どもを産むためには

16
00:02:22,800 --> 00:02:24,173
生殖のためには 充分に成熟している

17
00:02:27,000 --> 00:02:30,684
生物学的には このポイントを超えては

18
00:02:31,800 --> 00:02:33,530
もはや関心がない

19
00:02:36,900 --> 00:02:40,900
これが理由で 平均的

20
00:02:44,000 --> 00:02:45,651
人間は

21
00:02:53,000 --> 00:02:54,150
14歳で

22
00:02:58,115 --> 00:03:00,373
行きづまる

23
00:03:01,566 --> 00:03:05,853
精神年齢に関する限りはそうだ

24
00:03:08,900 --> 00:03:11,511
人びとは肉体的には

25
00:03:14,000 --> 00:03:17,021
70歳 80歳 90歳

26
00:03:19,538 --> 00:03:20,806
100歳と生きつづける

27
00:03:23,130 --> 00:03:27,635
コーカサスのような地域では150歳まで

28
00:03:29,353 --> 00:03:31,745
ときには180歳までも生きつづける

29
00:03:34,561 --> 00:03:41,402
だが彼らの精神年齢は14歳でとまったままだ

30
00:03:49,000 --> 00:03:52,130
これが現在まで繰り返されてきた

31
00:04:02,800 --> 00:04:04,622
これは変えることができる

32
00:04:08,000 --> 00:04:10,102
そしてこれは変えるべきだ

33
00:04:15,514 --> 00:04:19,599
成長に向けての 無限の

34
00:04:20,420 --> 00:04:21,410
潜在可能性があるのだから

35
00:04:26,900 --> 00:04:30,505
だがその変化が起こるのは

36
00:04:33,726 --> 00:04:35,783
あなたに何らかの

37
00:04:37,900 --> 00:04:40,799
生物学を超えた目標があるときだけだ

38
00:04:44,793 --> 00:04:46,650
もしあなたの人生が

39
00:04:49,105 --> 00:04:52,270
セックスや

40
00:04:53,549 --> 00:04:54,638
子供や

41
00:04:55,738 --> 00:04:56,635
家族や

42
00:04:58,601 --> 00:04:59,050
食べ物や

43
00:05:00,784 --> 00:05:01,350
家にのみ関わるなら

44
00:05:03,176 --> 00:05:04,530
それならその必要はない

45
00:05:05,000 --> 00:05:07,757
その程度の知性で充分だ

46
00:05:13,455 --> 00:05:14,114
だがもしあなたが

47
00:05:17,751 --> 00:05:21,898
アルバート・アインシュタインのような関心をもつなら

48
00:05:27,543 --> 00:05:29,129
そのときはあなたの知性は

49
00:05:31,351 --> 00:05:33,230
働きはじめる

50
00:05:34,748 --> 00:05:41,124
ときにはあなたの肉体さえも追い越す

51
00:05:44,129 --> 00:05:47,514
エマーソンはこう言ったと伝えられている

52
00:05:48,000 --> 00:05:49,623
しかもそれは正しい

53
00:05:51,900 --> 00:05:55,222
あなたは何歳かと聞かれたとき

54
00:05:56,428 --> 00:05:59,538
彼は「360歳」と答えた

55
00:06:06,204 --> 00:06:08,872
質問していた新聞記者は

56
00:06:11,572 --> 00:06:13,841
「360歳ですか?

57
00:06:16,660 --> 00:06:19,182
あなたは60歳以上には見えませんが」と言った

58
00:06:24,415 --> 00:06:26,566
エマーソンは言った「そのとおり

59
00:06:36,000 --> 00:06:40,544
ひとつの観点からは 私は60歳だ

60
00:06:42,900 --> 00:06:46,203
しかし私は実に多くの仕事をした

61
00:06:51,000 --> 00:06:54,174
私の知性について言えば

62
00:07:03,587 --> 00:07:10,196
それをするには6人は必要だったか

63
00:07:11,227 --> 00:07:15,606
もしくは私に360年が必要だったかだ

64
00:07:21,769 --> 00:07:23,640
私の知性は

65
00:07:27,581 --> 00:07:32,093
私の肉体をそれほど遥かに追い越している」

66
00:07:38,208 --> 00:07:39,685
知性とは

67
00:07:43,108 --> 00:07:44,364
それを使って

68
00:07:46,212 --> 00:07:48,138
あなたが何をしているかによる

69
00:08:00,655 --> 00:08:03,323
瞑想している人には

70
00:08:08,000 --> 00:08:11,357
知性の最高の

71
00:08:18,300 --> 00:08:23,687
高みに到達する最大の可能性がある

72
00:08:27,133 --> 00:08:32,046
なぜなら瞑想の中で その人は人間に成し得るかぎり

73
00:08:33,000 --> 00:08:36,110
最高の仕事をしているからだ

74
00:08:37,000 --> 00:08:41,683
それは己を悟ることだ

75
00:08:50,200 --> 00:08:51,249
「私は誰か」を

76
00:08:54,101 --> 00:08:55,375
知ることだ

77
00:09:02,683 --> 00:09:05,900
自分の主観性の

78
00:09:09,725 --> 00:09:10,893
最も深い

79
00:09:11,692 --> 00:09:13,819
内側に入っていくこと

80
00:09:18,400 --> 00:09:23,455
それこそが知性にとっての最大の仕事だ

81
00:09:28,310 --> 00:09:31,018
そのときあなたは算定すらできない

82
00:09:31,405 --> 00:09:35,305
あなたはゴータマ・ブッダの知性を算定できない

83
00:09:39,688 --> 00:09:44,864
それは計算を超えている

84
00:09:47,288 --> 00:09:49,694
測定を超えている

85
00:09:59,541 --> 00:10:01,838
もしあなたが瞑想者なら

86
00:10:05,272 --> 00:10:08,409
あなたの瞑想が進んでいくにつれて

87
00:10:12,428 --> 00:10:15,189
ますます輝いてくる

88
00:10:22,000 --> 00:10:27,960
あなたの人生の最後の息まで あなたの知性は成長することになる

89
00:10:29,107 --> 00:10:34,067
それだけではなく 息を引き取った後でさえ

90
00:10:35,000 --> 00:10:40,453
あなたの知性は成長し続けるだろう なぜなら あなた死にはしないからだ

91
00:10:42,000 --> 00:10:47,488
あなたの肉体が死んでいくだけだ そして肉体は知性とは何の関係もない

92
00:10:49,583 --> 00:10:52,922
マインドは知性とは何の関係もない

93
00:10:55,900 --> 00:10:57,218
知性とは

94
00:11:01,158 --> 00:11:05,252
あなたの気づきの質だ

95
00:11:08,488 --> 00:11:13,007
気づいていればいるほど より知性がある

96
00:11:14,572 --> 00:11:17,047
そしてもし あなたが全面的に気づいていたら

97
00:11:20,648 --> 00:11:25,460
あなたは この全存在と同じほどに知性がある



知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

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一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は異なる意見を尊重するが、
そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

 

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。
また、それについて学ぼうする。
そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。
その結果、それを隠し学ばない

 

三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、
と思っている。
そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、
と思っている

 

四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。
そうでない人は、「何のために知識を得るのか」が
はっきりしなければ知識を得ようとしない上、
役に立たない知識を蔑視する

 

五つ目は、人を批判するときの態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。
そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。


知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、
自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、
大変な忍耐と冷静さを必要とするものなのだ、と思う。