あなたのエゴのギブアップ宣言がどうしても必要なのです。

この「エゴのギブアップ」は徹底的なものでないと意味が無い
「はいはいそうですね!」っってええのはむしろ危険だ
グルジェフが弟子に課していた〝超努力〟もそこにあると思う
(・・・これをオウムが悪用した)


 エゴが結晶化していなければ
  エゴが砕け散ることも、消失することも無い
        ・・・・・・真我に目覚めることも決して無いだろう



Self-ness=自分らしさの極限的な追求は
Self-less=自我の消失へと「突き抜ける」のだ・・・

          「N」が「L」にひっくり返る瞬間がある

http://livedoor.4.blogimg.jp/gocky_z/imgs/9/b/9b164c60.gif
昔から「女性は悟れない」と言われた真意も、もともとは
女性蔑視の口実なのではなく、ここにあると思う

女性は元々、セルフレスに近いが故に、
男性よりも柔軟な発想を持てるのだが
それゆえに「自我を煮詰める」のには不利な脳の構造を持っている

つまり、女性の脳の構造が、目的指向性が弱いので
エゴの結晶化がしにくいわけだ

女性がこの
「エゴの結晶化」を容易く出来るのは「子供のため」

それゆえに
   男性的なマインドが強い人は
      オタク的、ヒキコモリ的な〝瞑想〟で・・・

   女性的なマインドが強い人は
      母性的な〝愛〟で・・・・

            「エゴの結晶化」・・・「エゴのギブアップ」が出来る

宗教的な意味でのサレンダー(明け渡し)は、
安易に為されても単なる自我の責任逃れに過ぎない



バガヴァン

 「努力しない努力とは、無関心とは違います」

 「ただ、やみくもに委ねればよいというものではありません」


  日本語で言う「人事を尽くして天命を知る」というのは
  極めて優れたことわざで、   ここに「自力か?他力か?」という議論が
   決着する・・・・

〝自力〟を弓折れ、矢尽きるまでやり遂げた者だけが
〝他力〟へと完全に移行できる

そうでなければ(特に東洋人は)単なる〝御利益宗教〟に陥るだけなのだ