・・・それは、「何もしていないとき」なのかもしれない

なぜならば、〝何もしていない〟状態とは、もっともニュートラルな状態だからだ
それは見方によっては、ゼロ、の状態だ。

そして、ひとは〝ゼロ〟には価値を感じない
見向きもしない

しかし、それは全宇宙的なバランスの中心だということだ


わたしは、物心ついたときから自分自身の無価値さに苦しんできた。

そして、家族もまた、そんな私をせき立て続けた
「一家の恥」と罵った

そして、その叱責を私自身も受け入れてしまっていた。

まだ、ニートという言葉が世間に流行る前の時分ではあったが
そういう意味では、わたしはニートの先駆け(笑)だったかも知れない


ただ、いまの若い、いわゆるニートの諸君と違うのは
そんな無為な自分自身を責めていたことだった


「自分自身を責め立てている」ということは、端で見ていても
〝何もしていない〟様に見えるが、実は〝自己否定〟という
最大の愚行を犯している。

・・・それは、本当の意味での無為でも、ニュートラルでもない


だが、人々は、眼に見えるもの、見えるアクション、手に取れる価値以外は
無価値・・・っとみなす。

それが、ヒト、というものなのだ

そしていま、この瞬間にも、多くの人々が、自分自身の無価値観に
おののき、恐れ、怯え、むせび泣いているだろう

そして、その反動として、
過剰な快楽や、うさばらし、 虐待、 加害者や被害者のループの中に
終わらないダンスを踊らされているのだろう

一生使い切れない程の大金が欲しい・・・・、
誰をも屈服させられる権力が欲しい・・・・・、
誰もが称賛するような名誉が欲しい・・・・・・。


もし、あなたが精神分裂を起こしたいならば、錯乱状態になりたければ
自分自身の価値を問えばいい


だから問おう、そこで問おう。

そんなにも、積極性、能動的であることだけが、〝ポジティブ〟なのか?

男性の姓衝動は単純で、能動的だが、破壊的だ

それに対して、女性の受容性、包容力とはなんとすばらしいことだろう?

愛の本質とは、「与えること」ではなく、「受け入れること」・・・受容性にこそ
見いだせる


ひとり、静かにただただ、いまここにあること・・・

それは、とても繊細で、デリケートで、女性的な状態だ

しかし、ここにこそ、存在性は最も機能しているのではないか?
輝いているのではないか?


それこそが、もっとも、宇宙に奉仕している瞬間、花開いている瞬間なのではないか?