新米パパが考え出した“寝かし付け方法”が…斬新だけど効果てきめんだ!と話題に

電車の中に揺られると睡魔に襲われるという経験は
誰もがしているのじゃ無いだろうか?

数日前、そのことをある記事で話題になっていたのを見かけてから
アタマから離れないことだったのでここに書き出しておく

その記事ではいわゆる 「1/f 揺らぎの効果が人をリラックスさせるからだ」
っと結んでいたけれど、私はどうしても違う回答が浮かぶ

つまり、
ひとは「自分は今、どこかの目的地にちゃんと向かっている」という
感覚の中で安らぐのじゃないだろうか? 

もし、私の仮説が正しいのなら、上記ラジコンのトラックに運ばれている
赤ちゃんであっても、そういう心理が働いているのかも知れない



このことをひっくり返して考えるならば

   これ程までに私たちの「目的志向は強烈だ」と言うことになる

    一昨日アップしたOSHOの講話を乗っけた動画「火の鳥」でも
    「無為の中にあるというのは最高に骨の折れることだ」と言う
    くだりがある

私たちは一瞬たりともジッとしていたくは無い
しかし、行動に駆り立てる苛立ちよりも、身体の疲労が勝ったとき
やっとこさ「睡眠」という無為の中に倒れ込むことを自分に許せる

   わたしたちのマインドそのものが、
    本質的に「ワーカーホリック」なのではないだろうか?
        何とも悲しい性(さが)ではないだろうか?

   だからこそ、電車などに揺られて、

    「どこかに連れて行かれる」「それに任せきる」
                ・・・・ことに安らぎを感じるのかもしれない


      でも、そうであるなら、心配などすることなど無いのだ!!!

   つまり私たちはいつも「運命の電車の中で揺られている」からなのだ
     これは一見、静かな部屋の中とかだと感じられないだろう
       でもそれは私たちが運命を「信頼していない」からなのだと思う

  そもそもわたしたちは
  なぜいつもアイドリングを止められないエンジンの様に空回りしているのだろうか?
  この言いしれぬ不安感は何なのだろう?

    それは静寂の中で

     「自分は何処にも向かっていないのではないか?」
       という不安に駆られているからではないだろうか?

     わたしたちは、静寂を望みながらも
         いざ静寂に包まれるとソワソワする、怖い、落ち着かない

  「自分はこんな所で、リラックスしていても良いんだろうか?」
       気が狂わんばかりの不安に駆られ
       そこから駆け出したくなる・・・


   しかし、冷静になってみれば、その心配は事実無根だ
        私たちが葛藤しようがしまいが、物理的な時間は
        ちゃんと経過している

   そしてその間も、(ありきたりの表現だけれど)
   わたしたちの生きたスターシップ「地球」は
   凄まじい速度で銀河を航行中なのだ

え?ホントの話!?地球は太陽の周りを回っていなかった

まあそうはいっても、これは非常に根深い心理だと思う

「運命を信じるかネオ?」このモーフィアスの問いかけこそが
映画「マトリックス」の旅の原点かも知れない

運命を信じるか?

つまり、ここで「全てに身を委ねて深々とシートに腰掛けたとき・・・」

それは青いピルを飲むまでも無く、ネオはアンダーソンとして
翌朝、ベッドで目覚めただろう

ただし、自分は本当は「ネオだ」っと自覚を持って、それでも
運命の運ぶところに身を委ねたのならば、それがOSHOがいう
「オーディナリネス」なのかも知れない


確かに、この世の中にはいっぱい問題が有る
あっちこっちに爆弾を抱えている

でもだからといって、あなたが闇雲に駆けだしていって
それが本当にプラスになるという確証はあるのか?

わたしたちは「より良くなる」という確証も為しに
メクラめっぽうにかけずり回っているのでは無いか?