希望が「いつかどこか」へと人生を延長させようとするワナであるように
絶望もまた「希望を失った」という閉塞感、窒息感に囚われたワナだった

「絶望」という言葉は「希望」のワナからの脱出した地点のように見えて
まだそこには「希望を失ってしまった」といった喪失感が見られる

希望というのははじめから幻想であり、実体はなく、したがって
「喪失する」ことさえないのだから、喪失感に囚われたならそれは
まだ、ワナから抜け出せていなかったと言うことになる


希望がなぜ幻想なのか?
それは、「努力が終わる」という幻想だ
      「そしたら、その時リラックスしよう」という妄想だ

人生への希望が、何かの獲得とかゴールであり、
その獲得とかゴール(目的達成)の時点で
「めでたしめでたし」といったおとぎ話や童話のような
オチが付いて終わりならば、確かに希望とは幻想ではないのだが、
実際はそうではない・・・・

人は欲望がなければ、希望を抱くことはない
ところが希望が実現することによって満たされる欲望は決してない
欲望はすぐ次の〝新たな〟希望を生み出すからだ

                     ・・・しかもその何倍もの・・・

だから、この増殖のプロセスには切りがないのだ

人生が擦り切れて終わるまで、際限なく膨張し続けるのが
欲望であり、希望だ

    「ゴイム達に“進歩”を信じさせることさえ出来れば、
     私たちは勝ったも同然だ」 by シオンの議定書

ウォルト・ディズニーの名作「ファンタジア」というアニメの短編集の中で
もっとも有名なのがミッキーマウスの「魔法使いの弟子」だ



魔法使い(ロスチャイルド)の弟子であるミッキー(ロックフェラー)は
あるじのパワーを悪用して、箒に魔法を掛けて水汲みをさせる

魔法に掛けられた箒は、
ロボットのようにただひたすら、水をくみ続ける

    これは生存競争に駆り立てられた
     「無意識に生きる世界中の人々」を暗示している



これが、「魔法に掛けられ、指揮されている〝希望〟に生きる人々」の姿だ

箒は、なぜ水をくみ続けるのか?どうしてなのか?

箒自身には、その意味も目的も分からない

水とは生命の象徴だ

水を運ぶための桶とは肉体の象徴だ

それは物理的には生命が存続されていても
「なぜ生きるのか?」その意味が分からず無意識のままであるのならば
「ただ、生き続けているだけ」だ

それは、「意識在るもの」の魔法によって、生かされているのに過ぎない

その魔法を掛けた当人のミッキーもまた、眠りの中に落ちてしまい
魔法を掛けられた箒は、そのままずっと自らストップすることもなく
水をくみ続ける


「きぼう(=明日は良くなる)」とは、この「魔法」に他ならない
しかし、実際の所、明日が保証されているものなど人類史上誰も居た試しはない
「気付きとは何か?」

これはあまりにもシンプルな質問過ぎて
「愛とは何か?」「自由とは何か?」と同じように
以外と回答が難しい問いだと思う

だから、「気付いていない状態」・・・・
・・・・OSHOが言うところの“無意識な状態”とは何か?
理解することで、
「気付きとは何か?」「覚醒とは何か?」を暗示できる

これは自動車なんかを毎日運転している人には
理解しやすい例として、「運転中にボーっとしている状態」を
思い出してみれば判る

「ボーっとしている・・・」というのは「望」の状態のことなのだ

つまり、
「あの小道の影から人や自転車が、
まさか飛び出しては来ないだろう・・・」

という希な可能性無視することに身を任せきって、
注意力がシャットアウトされている状態・・・
つまり「これこれはナニナニであろう」という憶測の状態のことなのだ

新たに新鮮に観察しようとしないで、注意力が欠落した状態・・・

自動車を日常で運転している人にはこれは痛感できるであろう
  ・・・事故(自己)というのは、このような憶測に身を任せた状態なのだ

「安らぎにたどり着ける明日」なぞ、永遠に来ないのだ
それは憶測に過ぎない


私たちのポケットに入っている現金は「いま、ここ」だけだ
わたしたちは、「いま、ここ」に永遠の安らぎを見つけることが出来なければ
それ以外の、「いつかどこか」の安らぎなど、永遠に「絵に描いた餅」なのだ

それは馬が自らの背中に付けられた釣り竿の先に付いた人参だ
追いかけても決して、その人参にはたどり着けない

http://livedoor.blogimg.jp/gocky_z/imgs/3/d/3d4098b8.jpg

今ニートやヒキコモリの若者達がなぜ増えているのかと言えば
この、「無意識の魔術」からの目覚めを求めているからではないだろうか?

かれらは、この「希望と絶望との、アメと鞭による強制労働は永遠に終わらない」
ことを肌で感じているのではないだろうか? そしてこの無限ループの社会の歯車に
加わる前からウンザリし、ヘトヘトに疲れてしまっている



この
  「魔法を掛けた本人(ミッキー)さえ
      無意識の眠りに落ちてしまい、
       暴走している資本主義という箒の隊列」を、
                      一体、どうしたら止めることが出来るのだろうか?

その鍵は、このニート、ヒキコモリの若者達が握っているように思えてしかたない