私の様な、もてない君男子にとって永遠の謎は
女性の「壁どんシチュ願望」だ



つまり、「強奪されたい」「私を奪って」っていう願望だ

これは、女性に「理想の男性像」を訊いたときに
多くの答えが「優しい人がいい」というのと真っ向から
対立している

「優しいひと」は「相手の意思を無視して強奪」しにきたりはしない・・・

女性にとって「相手の自由意思を尊重しない」男性が「優しい」のだろうか?
これは私たち男性から見れば大いに矛盾だ

ただし、一つ可能な推論がある

女性が言うところの「優しさ」とは「わたしを守って欲しい」という
願望を満たしてくれることではないだろうか?

「強奪」というのは相手の意思の尊重ではなく、相手の意思を圧倒すること
相手の自由より「おまえが欲しい」という男性自らの欲求の優先である




男性のその熱情の強さはそのままペニスの硬さへと伝わる

つまり、女性は男性に刺し貫かれることで、相手の自分に対する欲求を
確かめ、感じ取るのだ

「貪り食われる歓び」「求められる歓び」が
女性のオーガスムスの基底なのではないだろうか?

男を「勃起(た)たせてこそ」の女性の魅力で、
男性を「その気にさせ・・・」なければ、お話しは始まらないのだ




男性は「主(しゅ:主人、夫、旦那、スワミ)」
女性は「従(じゅう:家内、妻、細君、マ)」

  基本的にはこういった主従関係が、
  夫婦の間で現代まで営々と続いてきた

   男性が「主」と呼ばれることにはいろいろな意味があると思うが
   「壁ドン」で奪われた女性のハート・・・ その女性の今後の幸、不幸は
    「奪って」「自らの欲求に従わせた」男性に責任がある・・・

その、男性の「責任感」「主体意思」こそが、女性が求める「愛情=優しさ」と
言うことなのではないだろうか?

   ・・・こう解釈、というか、解読するならば、
     女性の「壁ドン」への憧れは説明できる


女性は「従う」ということの快楽を知っている

つまりそれは
「奪われ」「求められる」ということの快楽でもある

ところが相手が誰でも良いのかと言えばとんでもないわけで
女性に恋する男性の「勇気」は必ずしも報われるわけではないところが
男性にとっては大きなリスクとなる

女性は「雄々しく求められる」ことを望みながらも
「お呼びじゃない」男性が来れば金切り声を上げるか?ストーカー扱いにするか?

つまり女性達は十重二十重の城壁をあえて作り、男性の略奪を待っているのだ
これが女性という生き物の本能なのかも知れない

この「インビテーション=誘惑」という女性の受け身的テクニックには
恐ろしい代償がある

   ・・・・つまり「求められなかった」「選ばれなかった」際の惨めさだ

    その時は女性は妄想の世界に逃げ込んでも
    自分にドラマを起こそうとする

       痴漢冤罪 - Wikipedia

現在は「肉食系女子」なんていう言葉を聞く様になって、もう久しい

いまどき、
「数々の艱難辛苦、十重二十重の防衛ライン、リスクを突破してでも
奪いに来てくれるルパン三世のような男性」      を待っていても、

               ・・・・・・・・・もはや完全に埒が明かないだろう

20061102195244


いま、男性にとって、性風俗は充実し、多様化し、ポルノは安価だし、
料理洗濯みたいな家事一般は、かなり電気製品の充実やアウトソーシングに
置き換わってきている・・・  性の面からも、家事労働の面からも
「妻」の必要性はかなり低くなってしまっている

ましてや、女性が「アタシのこと幸せにしてくれる?」
しなだれかかっていっても、「まかせろ」と胸を張れる男性は
昨今、絶滅の一途を辿っているのではないだろうか?

いや、オトコノコがそう元気に宣言するのは大変結構だが、
実際のところ可能なのか?
どんな保証が可能なのか?

いや、現実問題として、そんな昭和の青春ドラマ的な
ノーテンキなガンバリズムと豊かさが比例した高度成長時代はとっくに終わっている


そしてふと思えば、この状況は宗教とも酷似している

つまり、誰か・・・教祖様とか救世主様とか生き神さまに従っていって、・・・・
あるいは何か学歴、資格、トロフィー、ゴール、栄光にすがっていって・・・・・

     ・・・・「ハッピーになれます!」と言う程、人生は単純ではない


         「幸せにして下さい」と神頼みならば、人は不幸に墜ちていく

         「自由を、平等を、愛を下さい」と天を仰げば
          社会に渇望すれば
          不自由が、不平等が、愛の枯渇が待ち受けるだろう

        それが、宇宙の基本法則だ


現代におけるまで、延々と続いた「性別による役割分担への期待」の時代は
もう終わろうとしているのだ

そして夫婦と家族制度の老朽化が、ここに来てもう限界に達している様に思う

夫や生活ぶりには何一つ不満はないのに、何か寂しい、満たされない妻達が
スピ系に走ったり、不倫したり、思いあまって離婚したりする・・・・

彼女たちの貞操観念を責めたいのではない・・・今結婚という制度自身が
大きく見直されつつある過渡期であるが故の現象なのだと思う

しかし、無意識に続けられてきた女性の
「誰かわたしを未知の世界にさらって!そして幸せにして!」という
願望それ自体が、
今、女性達自身を真綿で首を絞める様に苦しめてはいないだろうか?


花嫁強奪、略奪愛という「ロマンティズム」は、いま終わろうとしているのだ

砂浜LOVEとか壁ドンとか