We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2017年08月

今朝は、久しぶりに部屋の掃除に精を出した
すると以前ネットで見かけた「セルフ・ネグレクト」という言葉がよぎった

セルフ・ネグレクトとは自己否定の一種であり、その行く先には「自殺」がある
でも、真にセルフ・ネグレクトの中身とは「自己否定」では無いと私は思う

「自分自身の否定」なのではなく
「自分自身の〝面倒を見る〟ことの拒絶」というのが
本当のセルフ・ネグレクトの内容なのだと思う

「自分自身を維持管理することがウンザリしてしまった」
いわゆる「人生に疲れてしまった」というわけだ

IT社長「起業家は筋トレした方が良い」 これホント?専門家に聞くと

経営者が筋トレしている姿とセルフ・ネグレクトとはある意味正反対だろう
自己イメージに対して
「自信に満ちた」姿と「自信を喪失した」姿とが好対照だ

私自身も
セルフ・ネグレクトに陥り、部屋がメッチャクチャになる事は良くある
そんな時は、ホンのちょっぴりでも部屋の掃除をはじめると、
いわゆる〝風水効果〟なのだろうか?、セルフ・ネグレクトから脱却出来る

しかし、この「ホンのちょっと」の部屋の掃除への着手が
セルフネグレクトに陥った人間にとっては登山に出かけるが如き
高い高いハードルに見えるものなのだ

だからいわゆる開運法として部屋の掃除を薦める人は多いが
その背後にあるセルフ・ネグレクトの脱出への道筋を示せないのは
手足をもがれた芋虫状態の人に筋トレを推奨するようなものだ・・・

セルフネグレクトは、いわゆるスピリチュアルな
「自己放棄:サレンダー」や「自己献身:デボーション」とも
言葉の表現上ではよく似ている

・・・この混同がますますセルフネグレクトを
   長引かせる(こじらせる)ことは
   わたし自身が何度も経験した

でも実際に部屋の掃除をはじめてみれば、
それは「不要になったモノの見切り」に過ぎないのだとすぐに分かる

だから
セルフネグレクトの「自分」と
サレンダーとかデボーションの「自分」とは明らかに別物なのだ

セルフネグレクトの〝セルフ〟とは、
明らかに「とっくに過去の見当違いになった自分への固執」なのだが
当の本人にはなかなかそれが気が付かない・・・

それは部屋の中でシンクロした不用品がかならず存在している

しかし
私は必ずしもセルフネグレクトが〝悪い〟とは思わない
部屋は不用品だらけでメチャクチャにはなるが、
これは一種の「繭(まゆ)」みたいなものじゃないだろうか?
それは焦らずともサナギから蝶が羽化する春が来れば必ず自然に抜け出せる
・・・今は自分が芋虫のように見えても、焦りこそが禁物だと思う

一番この羽化を遅らせてしまうものこそが、
この〝焦り〟なのだと私は確信している

そしてこの〝焦り〟の正体とは、
他者との比較だったり、世間の目、社会の常識だったりだと思う

この「外部からの侵入」を許してしまうと、
サナギの中の芋虫は蝶になる為の自然なプロセスを阻害されて
死んでしまうだろう

サナギの中で葛藤する芋虫くんは、
マインドの中で「自己否定」と「自己肯定」とを繰り返し、ループさせ
それが葛藤と呼ばれるものになる

この時、もっとも大切な「世界との遮断」の城壁、殻こそが
「過去の自分の溜め込んだもの」なのだ

いわゆる「ひきこもり」「ニート」とか、モラトリアムというのは
このサナギの期間の人間達、・・・なのだとおもう

この時期、もっとも陥りやすい危険な罠が
「自己承認願望」に我を忘れてしまうことだ
・・・これに埋没し、エスカレートして「我を忘れる」と
   人はあらゆる競争と争奪に取り憑かれ、場合によっては殺人さえも起こす

 ほとんどの人々が、ここに人生を費やし死んでいったのじゃ無いだろうか?
 結果として、「ママのおっぱい」を求めて私たちは何度も生まれ変わってきた

セルフネグレクトの先には「自殺がある」と書いたが
自己承認願望の先も一種の自殺なのだ

古くなった自分、あらゆる過去との自己同一化を「脱ぎ捨てる」自殺か?
それとも自己肯定の為のあらゆる自分の鎧との無理心中か?
・・・そのどちらもが〝自殺〟だと表現出来るが、その内容は正反対だ

人間に限らず生き物は皆、
自分自身のあらゆる人生の段階、季節を楽しみ、良く味わい
愛することが、本当の愛への第一歩なのだと思うし
それこそが「いまここ」であり
もっとも自然な、健全な成長、成熟を促すのだと思う

そして人は、何度も何度も羽化を繰り返し、
「無」へと脱皮していくのだと思う

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※ ネタバレ注意

スタートレック Star Trek The Next Generation (DVD) 第175_176話
「永遠への旅 All Good Things ... Part I Part II」


原初の生命誕生 投稿者 maneel-katal


探求とは何か? 投稿者 maneel-katal

スタートレックTNGのエンディングにはやはり時空連続体の〝Q〟が現れる
第一話における「人類の野蛮性」が締めくくりとして再度糾弾される

タキオンビームによる「何も無いところのスキャニング(探求)」が
時空のゆがみを生み出し、逆因果の発生によって始原の地球における
生命の発生そのものを「なかったこと」にしてしまうという話である

何故そんな恐ろしい破壊行為をピカードがしでかしてしまうのか?
それは彼の脳内にある僅かな傷が原因だった
25年後の「モウロクしたピカード」が逆因果による
過去の時空の亀裂のヴィジョンに取り憑かれて、
昔のメンバー達を引っ張り
「痛くもないハラ(デブロン星系における時空のゆがみ)」を
タキオンパルスで〝探った〟ことが、すべての〝原因〟を
発生させてしまったのだ

第170話におけるウエスリーの「思考の超越」もそうなのだが
「逆因果の法則」が有り得るという発想は
思考~時空の概念に囚われていては理解しがたいものだ・・・
「未来が過去に影響を与える」だなんて!

しかしこれは日常茶飯事で有り得ることだ

なぜなら人間は「こうなって欲しい」「ああなっては嫌だ」という
未来のヴィジョンに取り憑かれて、現在をいろいろといじくり回す生き物だからだ

・・・人間は「痛くもないハラをいじくり回す生き物だ」
     ということを考えれば
  「憧れ」や「心配」など
   逆因果の法則なんていくらでも有り得ることが分かる

   探求という行為が本質的に暴力性を含んでいるのはこの為だ
   〝Q〟が指摘する「野蛮で何も分かっていない人類の特質」とはこれだ

「探求という行為」の本質とは何か?
・・これがもっとも本質的な探求だ

そもそも「探求(Q)とは何か?」を探求するべきなのだ・・・私たちは・・・

   ここに「すべての不自然な暴力性」の根本原因がある
    この「不自然な暴力性」を持ち得るのは人間の特性だし
    この「不自然な暴力性」を克服しえるのも人間の偉大な可能性だ
   
そして戻っていくのが、「大いなる原点〝ゼロ〟回帰」だとおもう
         そこではじめて人は素朴さの価値が理解出来る

新しさとは全て「深さ」の中にある・・・
地球の中心のマグマに向かって掘り進んでいって
古い岩盤に突き当たった時、
その「古さ」をひっくり返したところに「新しさ」がある

数学であれ物理であれ、華道や書道であれ、芸術であれ、医学であれ
オカルティズムやスピリチュアリズムであれ・・・

どんな分野でも掘り進んでいけば、そこには必ず新しい発見・・・
「新しい文明、新しい生命」を発見出来るだろう・・・

ディープスペースに向かうのも、深海に潜ったり地底に掘り進むのも、同じだ

これら「新しさの発見」は当然チャーミングなものだけれど
じゃあ、これをいつまでやっているのか?どこまでやれば気が済むのか?

・・・じつはもっとも浅い、子供でも知っているような浜辺に、基礎的知識に
         ちゃんと「深い神秘」が覗いているのでは無いだろうか?

平凡な日常の中にも「深い神秘」はある
 量子力学は「観察が、観察対象に影響を与える」という
 しかし、そんなことぐらい誰だって知っている
 存在全てに意識があるならば、
 「他人の視線によってそのものの振る舞いが変わる」
  事ぐらいは量子力学とか言う仰々しいものを引っ張り出すまでもなく
  誰もが日常で身をもって体験している・・・

新しさと古さの共在しているディープな発見のチャーミングさ、魅力・・・
それはそれでいいとしても、結局私たちは
「どこに行きたい」のだろう?「何をしたい」のだろう?
「どうなれば」満足出来るというのだろうか?

〝Q〟はその地球人の
 「底なしのやみくもな、飽くなき探求心」の
   暴力性と洞察力の無さを指摘しようとしている様に
          思えてならないのだ ・・・私には

「もう忘れたのか!オマエだ!おまえが人類を破滅させるのだ!!!」
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第一話でのQの登場の際には、
ピカードはQを「命令的で傲慢だ」と糾弾するが、
Qが登場するごとに、ピカードは
「彼に感謝しなければいけないかも知れないな」と漏らしはじめる
シリーズの終盤に近づくにつれ、どのエピソードも
誇り高き宇宙の冒険家ピカードの鼻っ柱を
へし折るようなものばかりになっていく
そしてこの最終話で、
ピカードはQに最後には直接「ありがとう」という・・・ そこが印象に残った
Qもガラにもなく少し照れくさそうにしている・・・

その謙虚さこそがQがいう「新しい次元への探求の扉」なのじゃないだろうか?

第170話 「新たなる旅路 Journey's End」
旅人とウエスリーとの会話


旅「キミは地球人には行けなかった、
  思考から飛躍した世界への旅に、第一歩を踏み出したんだ」

ウ「でも彼らはどうするの?放ってはおけないよ・・・」

旅「私たちが干渉してはいけないことなんだ」
 「彼らの問題を、彼ら自身が解決出来ることを、
    私たちは信じて上げなければいけないよ」

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