We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2015年08月

〝国〟とは玉タマを囲うと書く

王様にチョンがついて玉なのだから
たぶんこの「チョン」とは玉の中心=遺伝子を意味する
つまりチョン = 中心点の外側である「王」とは
球体の表面のことであり、

      「全方位において公平でバランスが取れている」

ということが
王であることの原意なのではないだろうか?

それゆえに「王」とはあくまで見かけ上の姿に過ぎず
国とは「王を囲うもの」ではなく「玉を囲うもの」なのだ

玉=タマとは、「受肉した神の英知:遺伝子」を象徴しており
王とはその化身なのだ

国とは王を守り、王によって守られる世界のことだ
そして、王とは遺伝子の霊感によって突き動かされている・・・・


そういう風に見ていくと、胎児と、それを囲う子宮の構図に
最も小さな〝国〟の単位を見ることが出来る

この小さな小さなKINGDOMで十月十日を過ごし、
母の体内の庇護を離れると、
わたしたちは「一見、物理的には」何の囲い=限界も見当たらない
無限に広い三次元世界を旅しはじめる

・・・しかし、心理的には人間の世界は決して限界がないわけではない

  そこにはまだ親の庇護が必要だし、
  家族という囲いから出ても、そこにはまだまだ社会のさまざまな
  カテゴリー別の〝囲い〟が存在する

   私達はそういった〝壁〟に守られながらも、また同時に
   その囲いに窮屈さも覚えるようになる

   なぜなら、これらのカテゴリー別の区分けによって
  人と人は醜く争い、いがみ合い、時には相互の領分や資源を
  ぶんどり合ったり、殺し合いにまでエスカレートしたりするからだ

人はみな相互に理解し合い、協力し合い、助けあう方が
より大きな地平線を切り開くことを充分学んでいるはずなのに、である

純粋で理知的な若者ほど、人がまだサルと未分化であった時代の遺物のような
この大人達の既得権にしがみつく、いがみ合いの醜さに首をかしげ、疑問を抱く
そして嫌悪と窮屈さを感じるようになるはずだ

母親の子宮の壁が、胎児の成長を守りつつも、時が来れば胎児に窮屈さを
感じさせるように、〝玉〟はだんだん大きくなり、その囲いである〝国〟は
いつかは胎児を殺そうとするかのような障壁となって立ちはだかる

    ・・・それが〝既得権〟であり、〝時代遅れの観念〟であり、〝老害〟だ


以前、このブログで男性の性欲は孤独感と結びつきやすいようだと書いたが
この〝孤独感〟とは、より正確には〝閉塞感〟なのかもしれない

青年は荒野を目指していく上でいくつもの〝壁〟にぶつかる・・・・

これが、どうにも乗り越えることが困難と思え、絶望した時
青年たちは今度はニート、ヒキコモリへと内向していく・・・・

〝ヒキコモリ願望〟とはある意味では体内回帰願望でもある
ではなんで〝外向〟に閉塞感を感じた時に、その逆の〝内向〟への
衝動が起動=アクティベートするのかと言えば、これは〝新生〟の為の
システムが機能しているからではないだろうか?

内向ヒキコモリ化とは〝死と消滅〟への願望と直結している

「限界と孤独を感じるからこそ」仲間や同志を求め、共に協力して
その限界の壁を乗り越えようともするが、それが物理的な壁なのではなく
実は心理的な壁なのだと気がつくにつれ、「友や同志との相互理解、一致協力」では
「この壁は突破出来ない」事に気がついてくる・・

・この〝堅さ〟とは心理的なものだから、老害の堅さ、利権の堅さに対して
イデオロギー的な若者達の結束(=堅さ)でぶつかっていっても突破は不可能なのだ

       ・・・・この「壁」を突破する為には、努力の方向が正反対だった!!!

この「壁」の突破には
どうしても自分自身の中にある古いプログラムをリセットする必要があり、その為には
〝自分〟は死ななければいけないのだ!!!!

・・・・もちろんそのあとに〝再起動〟〝新生〟が本当に起きるのか?
そして無事にヴァージョンアップされているのか?  ・・・そんな保証など無いのだが

まっことエロスとタナトスとは切っても切れないのだ

〝女子力〟なんていう馬鹿な言葉にお金と努力を費やす女性の皆さんに
わたしは男性諸君を代表して、自信を持ってこう言える

男性が女性にどうしようもなく魅力を感じてしまう最大の要素とは
一言で言うなら「可憐さ=ものの憐れ」だ

「可憐さ=ものの憐れ」というのは「女子力」という肉食系の言葉とは最も正反対のものだ

女性の滑らかな曲線や、女性器を見て、男性が深遠な神秘を感じるのは
その「花のような瑞々しい可憐さ」を感じた時だ

逆に男性にとって女性の性欲というのは、長い間神秘であった、まあ今でもそうだ・・・
私が若い頃は、女性には〝性欲〟があるのかどうかさえ、実は疑問だったぐらいだ


わたしも50歳を超えて、ある程度性的にも〝中性化〟しつつある現在、
女性から男性の肉体がどう見えているのか?
ほんの僅かながら、おぼろげに想像出来るようになった

別の言い方をするならば、男性の肉体を持って生まれた自分の性衝動が
ある程度客観的に見え始めたと言うことなのかも知れない

たぶん女性には男性の性衝動は、憐れで、可愛らしく見えるのではないだろうか?
だとすれば女性から見た男性もまた「可憐さ=ものの憐れ」がキーワードだと言うことになる

男性の大半はいまだ、「男らしさ」を「力強さ」「逞しさ」だと思い込んでいて、だから
ペニスが大きいこととか
ピストン運動の持続時間が力強く長いこととかを誇ろうとしているのだが・・・

私の好きな映画でメル・ギブソンの「ハート・オブ・ウーマン」があるが
この主人公ニックのセリフは
その男達のマッチョ願望を「馬鹿な男共の思い込み」だと嘲っている

                      ・・・わたしもそうなのではないか?と思う

女性は確かに勃起したペニスを見て、キャアキャアと「まあ逞しい!」なんて褒めるから、
男性は真(ま)に受けるのだが、でも真相は違うのじゃないだろうか?

勃起したペニスを見て、本当に女性が感じるのは男性の「閉塞感」ではないだろうか?

閉塞感にもがき、「この狭い世界から解放されたい」という新しい命の脈動を
男性の充血したペニスから感じ取るのではないだろうか?


  性欲を含め男性の意識を突き動かし続ける衝動とはほぼすべて
  「王の主(あるじ)である点」「王の玉座である極微点」・・・遺伝子で

    ・・・その遺伝子の〝叫び〟が女性には聞こえる、理解出来るのではないだろうか?

    「早く出してあげたい!」それはそのまま女性の性欲の本性かも知れない
   しかし、〝出る〟だけでは精子はただ干からびて死ぬだけだ

  ここまでだけで男性のタナトス=死への願望は多少遂げられる
  射精後の男性の空虚感はすべてが終わったような悲しみもあるが
  解放された充実感もある

    しかしそれだけではなく、女性の側により奥深い欲求として
  「この人を駆り立ててきた衝動を生かしてあげたい!!」っと思った時
  女性は男性を自分の子宮の中へと誘う

羽布団のような女性のやさしさに満ちた子宮の世界の中で
死を覚悟した精子が卵子とタッチした時、爆発が起きる

男性は、そこは時間も空間もない永遠の暗黒が無限に続くのだろうと思い
その絶対的な凍り付く「無」に辿り着くのだろうと思って旅立ったのに・・・

       その時、エロスとタナトスとが、陽極と陰極としてスパークするのだ
       すべては、恍惚の光の闇で覆われる

      今この瞬間、〝わたし〟と〝あなた〟が出逢い、交わるか?否か?

・・・・ここに古く狭苦しいマトリックスの壁を突破した
     ひとつの〝新しい国〟が誕生するか?否か?という微妙な選択があるのだと思う

ヒロシマ、ナガサキで起きたことは、
地球上の人類の歴史に刻まれたことに違いない

30万の民間人の上に炸裂した核エネルギーによって
〝太陽の国〟日本の帝が神の座を降りたのだ

その敗戦の発表日がいわゆるもっとも暑い季節である「お盆」休み
夏の御霊祭-の時期であったことは、果たして偶然なのだろうか?

この時期、都会で働く人達もふる里に帰り、旧友や田舎の両親、親戚と
都会の喧噪を一時忘れて涼みながら、またご先祖様達の面影とも語らう

・・・つまり人々が自分のルーツを思い出す時期でもある


家族と断絶している私にとっては、盆と正月とは自分に
「帰るべき場所など無い」事を最も痛感させられる時期でもある

   ・・・これからそういう人達はますます増えていくことだろう

敗戦とは、日本人に帰る場所がなくなった瞬間じゃないだろうか?
二つの核爆弾が奪ったのは30万人の人命だけではなく
日本人のアイデンティティー(帰属意識)なのじゃないだろうか?


私が何に対しての帰属意識ももてないのは、
別に家族が死に絶えたからではなかった
肉親に何の温もりもこころの絆も感じられないからだ

かといって、恋愛など、新たな出会いにも何の期待も持っていない
「あとから取って付けたような」人との絆など、私にはニセモノのように感じるのだ

ただただ、この肉体だけがゾンビのように、蜃気楼のように
この地球で生きながらえている・・・それだけのことだ

何故生きながらえているのか?  自分でも分からない
たぶん理由など無い

アメリカによる原爆投下が非人道的だとかそうじゃないとか、
そんなことを論じたいのではないし、評論したいのでもない
ただただ、「地上との絆を何も持たない私の様な人間を沢山産み出した」
それが、私に見えるヒロシマ、ナガサキ、日本の敗戦、天皇の人間宣言だ



たぶんこれからも多くの人が、生きる意味を見つけられないまま
完全な孤独のうちにもうしばらく生き延び、死んでいくだろう

根無し草のまま、家なき子のまま・・・

わたしは、もういまさらどこかの正社員になったり、宗教に入信して、
〝人工の愛〟〝人工の家族〟なんぞをアト付けして
自分を誤魔化したくはない ・・・・それだけなのだ

・・・それが、よるべなき自分自身に対する精一杯の誠意なのだ

わたしはもうずっと、気が遠くなるような昔から
目的もなく放浪している気がしてならない
・・・・きっとこれが私の本性なのだろう

新スタートレック 第87話 悪魔の契約

第87話「悪魔の契約」詳細データ

この物語の法廷シーンの争点は、この悪魔が本物かどうか?
つまり「千年ぶりね」と微笑む彼女が見せる〝奇跡〟が
本物かどうか?にかかっている

それがもし「種も仕掛けも・・・」あるとなれば、
それは単なる目くらましのトリックだったと言うことになる

もし、〝奇跡〟の定義が「種や仕掛けの」あるなしであるならば
ある意味で私たちは、毎日、毎瞬毎瞬、奇跡を体験していることになる

私たちは、脆(もろ)い存在である
ほんの数分間、呼吸出来ないだけでも窒息死に至る
ヴィパサナという瞑想法はそれを強く留意させてくれる・・・・

寒暖の激しいこの宇宙空間で、わたしたちは地球というパラダイスに
ぬくぬくと暮らしている

冷たいプリンが食べたいなと思った時に、
冷蔵庫に冷えたプリンが存在しているのは紛れもない奇跡だと思う

 「え?何をバカな!」

 「それはさっきスーパーでお金を出して買ってきたから
  あるに決まってるじゃないか!・・・奇跡じゃないよ」

 「冷蔵庫は高いローンを組んで、先日買い換えたばかりさ」

 「冷蔵庫が存在するのは、別に奇跡じゃないよ!」

もちろん、そんな反論もあるだろう
それでも、やはり様々なシンクロニスティーが複雑に組み合わさらなければ
冷蔵庫には〝冷えたプリン〟は存在しないだろうと思う

あるべき所にあるべきものが存在しているというのは、紛れもなく奇跡だと思う


OSHO バグワン・シュリ・ラジニーシ 「あなたは何故存在するのか?」 (字幕... 投稿者 maneel-katal

家制度、家系というのはずっと日本人のアイデンティティーの拠り所だった

・・・父の墓前に参じた時、それを強く感じた

「わたしとは誰なのか?」
「自分とは何か?」

この疑問は自問自答した時にこそ、重大なスパークを生じさせる
自分が他人の渦の中でもみくちゃにされ
自分自身が他人との比較で「自分らしさ」を見失った時に

     「自分は世界中の誰とも違う出自をもち、
           誰とも違う体験をしてきた・・・」

  そう思い出した時、

     「自分とは他のどんな存在とも比較を絶してユニークな存在だ」

      っというところに着地出来る

       他人やら周囲やらと自分を比較することの
       ナンセンスさを再確認するのだ


他人などの外界に向かって
〝自己の存在の特異性〟をアピールする為の
もっとも安易な方法が、権威の確保や権力の行使だ

それゆえに権威や権力というのは麻薬のような作用がある

わたしは
権威や権力を全否定したいのではない
社会のシステムのさまざまなところで、タテ関係というものが
崩壊してしまったならば、もはや秩序は保てないだろう

しかし、パワーハラスメントという言葉も聞き慣れてきたように
パワー、つまり権威や権力というのは、その中毒性に犯されないだけの
強さ(謙虚さ、聡明さ、ひたむきさ) を持った人にのみ健全な行使が可能なのだ

もし安倍総理が独裁に走り、日本が滅びたとしても
彼に必要なのは断罪ではなく治療だと私は思っている

・・・人間の営みにおいてすべてのレベルではリスクはつきものなのだ

アイデンティティーとは、あくまでも他者との関係において必要な
サナギの殻だと思う・・・・その殻を脱ぎ捨てて生まれてくる〝蝶〟とは
インディヴィディアリティー(独自性)であり、
アイデンティティーというのは
それが生まれるまでの中間的な代替物に過ぎないと思う
アイデンティティーの過度なこだわりは財産や権力や特権意識に
取り憑かれる狂気へとあっさりと移行するだろう

〝(社会成功、や宗教的、な) 体験〟への偏執的こだわりもまた
アイデンティティー・クライシスの〝症状〟=劣等感の一種だと私は思う


家系やら家制度が個人にもたらすアイデンティティーも
〝ブッダ〟という蝶が生まれるまでの毛虫の姿に過ぎない・・・  それゆえに

  「一つの家系からブッダが誕生すれば
       その家系の魂がすべて報われる」

っという言葉は本当だと思う
・・・ブッダだけの世界では個人所有の家も、家系の墓も、だんだんと無意味になるだろう


 自分自身を真心から受容し、尊重する・・・  そこに「愛」と言う文字の真意がある

      バシャールも言うように、ここでパラドックスが起きる
       インディヴィディアリティーを開花させた者達だけが
              全世界との完全な絆を確立出来るのだ

     彼らは権力や権威を担っても
             中毒になって依存することもない

       そしてそんな人々だけに
         他者への完全な尊重が可能であり
         安定して健全な社会システムの運営(=神仕組み)も可能なのだ


44.Desire
   欲望
 あなたを幸せにしてくれるものを、
 あなた自身の外側に探し求めるのを
 やめるときです。内側をみましょう。

 非常に有名なスーフィーの物語がある。
 
 ある皇帝が、宮廷から朝の散歩に出たところで、
 乞食に出会った。彼はその乞食にたずねた。
 
 「お前はなにが欲しいのかね?」
 
 乞食は笑って言った。
 
 
 「お前はまるで私の欲望を満たすことができる
かのようにたずねるのだな!」

 王は気を悪くした。彼は言った。
 
 「もちろん、私はお前の欲望を満たすことができる。
 なにが望みなのか? 私に言ってみるがいい」
 
 
 ところが乞食は言った。
 
 「なにかを約束する前に、もう一度考えるがいい」。
 
 その乞食は普通の乞食ではなかった。
 彼は皇帝の過去生でのマスターだった。
 
 そして、彼はその生で約束をしていた。
 
 「私は、お前の次の生に現れて、お前を目覚めさせてみよう。
 この生をお前は見逃した。だが、私はもう一度来ることにしよう」。
 
 
 だが、王は完全に忘れていた--誰が過去生を覚えているだろう?

 そこで、彼は強く言った。
 
「お前が求めるものならなんでも私はかなえてやろう。

私は非常に力のある皇帝だ。

お前に求めることのできるもので、
私が与えられないものなどありえようか?」


 乞食は言った。
 
 「とても単純な欲望だ。ここに乞食椀があるだろう?
それをなにかで満たすことができるかね?」


 皇帝は言った。

 「もちろんだ!」。
 
 彼は大臣のひとりを呼んで、彼に告げた。
 「この男の乞食椀を金でいっぱいにするがいい」。

 大臣はいくらか金をもってきて、それを椀に注ぎ入れた……

 すると、それは消えてしまった。!!!
 
 彼はさらにさらに注いだが、
 注ぎ入れるやいなや、消えてしまう。
 
 そして、乞食椀はいつまでも空のままだった。
 
 
 宮廷中が集まってきた。
 やがて噂が都中に広まって、大群衆が集まった。
 
 皇帝の名声は危うくなった。
 彼は大臣に言った。
 「王国全体が失わ
れることになっても、私にはそれを失う用意がある。
とにかく、この乞食に負けるわけにはゆかないのだ」


 ダイヤモンドや真珠やエメラルド……
 彼の財宝は空になろうとしていた。
 その乞食椀は底なしのように思われた。
 そのなかに入れられたものはなんでも--なんでもだ!
 すぐに消えてしまった。     --存在からかき消えた。



ついに日が暮れて、
それでも人びとはまったく沈黙してそこにたちつくしていた。


王は乞食の足下に崩れ落ち、自分の負けを認めた。

彼は言った。

「ひとつだけ教えてください。あなたは勝利をおさめました。

--でも、去られる前に、私の好奇心を満たしてください。

この乞食椀はなにから出来ているのですか?」


 乞食は笑って言った。
 
 「それは人間のマインドから出来ている。秘密はなにもない……
人間の欲望で出来ているだけだ」


 この理解が生を変容させる。
 ひとつの欲望に入っていくがいい
 --そのメカニズムはなんだろう?
 最初は大変な興奮がある。大変なスリル、冒険が。
 
 あなたはすさまじい刺激を感じる。
 なにかが起ころうとしている。
 あなたはその瀬戸際にいる。
 
 そして、あなたは車を手に入れる、ヨットを手に入れる、
家を手に入れる、女性を手に入れる、

そして突然、すべてが再び無意味だ。


 なにが起こったのだろう?
 
 
  あなたのマインドがその物質的性質をうばい去ったのだ。
車は車道に止めてある。
だが、もはや興奮はない。
興奮はそれを手に入れることにしかなかった……
あなたはあまりにも欲望に酔ってしまったために、
自分の内なる無を忘れたのだ。

もう……その欲望は満たされた。
車道に止めてある車、あなたのベッドにいる女性、
あなたの銀行口座にある金--またしても興奮が消える。

再び無がそこにある。

あなたを食べつくそうと待ち構えている。
再びあなたは、この大きく口を開けている奈落から逃げるための、
別の欲望を創らなければならない。

 そうやって人は、ある欲望から別の欲望へと動きつづける。
そうやって人は乞食のままでいる。

あなたの生全体が繰り返し繰り返しそれを証明する--
あらゆる欲望は挫折する。


そしてゴールが達成されると、
あなたは別の欲望を必要とする。

欲望というもの自体が失敗に終わるものだとあなたが理解する日、
あなたの生における変わり目が来る。


 もうひとつの旅は内的だ。内に向かうがいい、家に帰るがいい。
 
 
 
 
     ZEN:THE PATH OF PARADOX,Vol.2.pp.208-220

このページのトップヘ