We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2015年02月




本当の探求は、とても心細いものだ
だって「(他の誰でもない)わたしとは誰か?」を探す旅なのだから当然だ

周囲を見渡しても、「その人」がいるだけで、「あなた」はいない
ヒントにはなったとしても、全てが疑わしい、あてにならない

OSHOはこう言ってる


このメソッドの言わんとすることは判っているつもりだ
わたしたちは壁にも扉にも、窓にもなり得る・・・
そして遂にはそのどれでもあり、どれでもない

わたしはOSHOの信者ではない
わたしにとってはあくまでも友人だ
彼の言葉にはいつもノックアウトされるが、それでも良き友だ

どうしてもその先に踏み込めないが故に、わたしは
テイクサニヤスできなかった


    日本人の賢さは、特定の信者にならないところだ
            八百万の神とはそういうことだと思う

私たちの外側には無数の神が居て
私たちの内側にも無数の神が居る

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この感覚は素晴らしくも有るが、とてつもない迷子のような感覚でもある

いつかわたしは、これら無数の星々の中に飲み込まれ

        「自分が誰なのか?」

              その質問を忘れてしまうか?
               どうでも良くなってしまうだろう

       実際の所、私は何ものでも無いし、誰でも有り得るのだから
        これはどうでも良い質問なのだ

すべての男女は〝星〟なのだ

by アレイスター・クロウリー




でもそれまでは、私は誰も、何も信じない、何人(なんぴと)たりとも私の中には入れない

   今この世界を仕切っているのは、
         「大勢で来るモノ=レギオン:民主主義(多数決)」だ

g
       ↑     ↑     ↑
     「レギオンに襲われるガメラ」

信者達とは、皆虫けらだ

私がそうだと言ってるんじゃない・・・彼ら自身が「特定の信念体系」に
街灯に群がる虫のような生き方を選んでいると言うだけのことだからだ


この「特定の信念体系」こそが、マトリックスなのだ

それは、実のところ「良いか?悪いか?」
             「正しいか?間違っているのか?」さえ問題にはしていない

なぜならば


          「私は知っている」
・・・とあなたのグルが宣言したなら、

・・・・その人は何も分かっていないと思ってよろしい
    なぜなら「知りうること」とは常に過去なのだから・・・・ 

by クリシュナムルティー

これが、「奥の細道」と言うことなのだ

本当に真実を探し求めて彷徨う人は、
   はじめは何かを指さして
    「これが真実だ!」「あれが真実だ!」と叫ぶのだが
     それらの真実は蜃気楼のように消えてゆく・・・

           最終的にはたったひとりでさまよい歩き続ける
           そのプロセス(ひとりぼっちの旅)自体
                        真実を見いだしはじめるだろう

日本人は特定の信念体系に囚われないという点では素晴らしいといったが
でもまだ家族主義的な何か
      社会主義的な何か  ・・・・に所属していたいという

      ・・・「レギオン(集団で群がる昆虫)」であるを断ちきれないで居る

             これが農耕民族の最終的なハードルなのかも知れない




          私は別にあなたに「ホームレスになれ」と言ってるんじゃない
            離婚しろとか出家しろとか言ってるんじゃない

           私はあなたに「あなた自身がホームなのだ」といいたいだけだ

    あなたは「奥の細道」のどこかでひとりぼっちで死ぬことになるだろう
    これは王様だろうが総理大臣だろうが、社長だろうがホームレスだろうが同じだ

   昔から、この絶対的宿命に関して例外の人間は誰ひとり居ないのだ

    わたしが「それは事実だ」といったが、シャンタン氏は「そうじゃない」と言った

      ・・・「なぜなら、これから全ての人はホームにたどり着けるからだ」っと・・・・

             わたしと、シャンタンと、一見正反対の意見のようだが
               この点に関して2人の意見に、相違はどこにもないのだ

uni=共通の
verse=

いま、この文章を書き始めた私は実在の人物だ・・・・

いま、このネット上に私が書き記した文字を見てくれている
        ネットの向こう側のあなたもまた実在だろう・・・・

わたしからみれば、この文章に興味を持ってくれたあなたは
あなたがわたしに共感してくれた部分において、今この瞬間
「あなたは私」といえるのかも知れない・・・・

あなたからみれば、何か自分の内面の気持ちを私が
巧く表現した文章で代弁していたとしたならば
「わたしはあなた」と言えるかも知れない


でも、私とあなたはほとんどの点で違うだろう

universe

だからたとえこの文章という瞬間の共通項目で私とあなたが
時空を超えて出会ったのだとしても、わたしとあなたは
別のものの見方、感じ方をする
お互いユニークな別の存在だと言えるはずだ

だからこそ互いに、「実在する人物」なのだといえるのじゃないだろうか?


  その「別々のユニークなわたしたち」が共同でうたった詩が、
                     この世界=universeだ

わたしがこの世界で、ずっしりと重い、甘酸っぱい芳香を放つ
1個のリンゴの実をあなたに手渡したなら、あなたも同じ重みと香りを
感じるだろう

わたしとあなたではちょっと別の角度から、別の感性で感じはするだろう
でも、わたしとあなたが手に取ったそのリンゴは幻影ではなく実在する

ちょっと違った角度で同一の物体を見た時、それは立体で見える

「わたし」と「あなた」とはこの世界に浮かぶ別々の目玉なのだ

だから、「わたし」と「あなた」と共同で、この立体の世界を描いているのだ

         それがUNIVERSE=みんなのうた


イエスは二千年前、「求めよ、さらば与えられん」と言ったそうな・・・・
それはこの二千年間正しかったかもしれない

しかしある時点、歴史の転換点から逆転が起きたのだ

「求めて得られる」のは欲望だけだったのだ、物体だけだったのだ

  いま、世界は目を醒ました

   つまり、世界のすべてには、今、命が宿ったのだ


それは本当はこの世界が生まれた時・・・・
すでにそうだったのだが、
その自覚がなかったのだ・・・・

            だから「目覚める」と言うことこそ
                 「命が宿る」のと同義なのだ




目覚めていない、物理的に生きているだけの状態は
到底「生きている」だなんて言えない状態だった

みな、ガマンし、みな、努力し、みな、諦めて死んでいった

   ・・・その連鎖を「いきている」だなんていえるだろうか?


「求めて得られる」のは欲望だけだったのだ、物体だけだったのだ

         いま、

空気読めないキモオタのように・・・
      「追いかけ回せ」ば、
         女の子のようにすべては悲鳴を上げて逃げていく

              みんな生きているからだ!  何もかもが!!

全人類に原罪思想を植え付け、有罪判決を突きつけ
殺し合いを誘発してきたキリスト教は、終わりの時を迎えつつある

自分の子供にまで性的な罪悪感を植え付けた邪悪な魂の親たちの時代は
終わろうとしている



罪悪感の伝道師達が、若い人々の魂を陵辱し、戦争をさせ、
資本主義という製造と消費の巨大な歯車を脅迫観念的に回転させ続けた

かれらは「求めよ、されば与えられん」という言葉の信奉者達だ




わたしたちはもう、
無理心中を要求してくる戦争経済を、
第三次世界大戦を拒否する

原発を拒否する  ・・・たとえ中国人に皆殺しにされても

もう、大地震で脅しても
竹島尖閣で脅しても
日本人人質殺害で脅しても無駄だ

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単純な理由だ

脅しに屈しても、それはさらなる要求を産むだけなのを
“彼ら自身”が証明したからなのだ

「恐怖」つまりは「脅しに対する妥協」の先に待っているのは
永遠の苦しみだけだ・・・死だけが救いの世界だ

「永遠の底なし沼」か? 「この場での死」か?
・・・・そんなのはそれ程難しい選択ではないのだ

それゆえに、この究極の選択は戦後ずっと引き延ばされてきた
つまり「生かさず殺さず」ということが戦後の日本を牛耳ってきた

しかし、こんな愚かしい選択を迫らざるを得ないぐらい
“かれら”もいまや後がなくなってきた、っという証拠だ


2012年07月29日
 開会式『ヘイジュード』の意図




いままで「外の世界」と思い込んでいたものも、実は全部
「inner universe」だった・・・

すべてがインナーユニヴァースであるなら、もうもはや
その時には「外」と「内」とに区分けすること自体に意味が無くなる・・・


「エクルペリメンツ=体験」とは、「あなた」や「わたし」がいてこそ成り立つ

   当然だ


だからこそ、三島由紀夫は自決の前に
「俺が死ねばこの世界は消えるのさ」っといったのは正しいのだ

ではあなたやわたしにとっては
なぜ?この世界が消えないのかと言えば・・・・

     あなたやわたしが、いま、この世界に居るからだ

   当然だ

あなたがこの世界の肉体から去れば、

  ・・・あなたが今見て、体験しているこの世界は
   ・・・・当然、消えてなくなるのだ

         ・・・・・・「あなた」 が 「世界」だからだ



  「体験」と呼称可能なものとは全て「夢」だ
 なぜならば

マトリックス「始まりが在るものには終わりがある」

からだ

それは「マイン・ド=私の~~だった」としてファイル化出来てしまうからだ・・・

では、私が
「それらは全て夢だ」といったからと言って、
それらは「現実」じゃなかったと言いたいのか?・・・否、それは違う

ターミネーター「体験」


「過去、とはすべて〝思い出〟に過ぎない・・・」
しかし、「データー」というのもある意味、実在だからだ

それは、一つのアルバム、一つの圧縮ファイルとしてモジュール化されて
私たちの細胞に保管される・・・・


これらの相互連結、集大成が、「わたし」という感覚を産み出している

それらは、「たかが夢、たかがデーター」されど「確かな実感」なのだ

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  あなたは、私から見れば「来ては去る者」

   わたしは、あなたからみれば「現れて、そして消え去る者」

     それはつかの間のインナーユニバースでの一コマに過ぎないのだが

                 それは「わたし」とか「あなた」といった
                  アカシック・レコードに永遠に刻まれた思い出だ




現在世界中の民族で、
日本人ほど性的な狂気に取り憑かれた
性的に穢れた民族は皆無なのじゃないだろうか?

いま、ネトウヨの大活躍は
「日本人の精神を取り戻そう」っと言った方向で
一種の日本神道ブームも起きているが
でも、神道の中心に流れる肝心の「性のおおらかさ」は
相変わらず閉ざされたままのように思える

・・・・民族のアイデンティティー云々よりも、
   日本人は民族の自虐史から脱出するのならば
   まずは自己否定感をぬぐい去るべきだろう

   そうでなければこれからの日本の「自信回復」は
   単なる戦争屋の利権に利用されてしまうだけだろう

   なぜならば自己否定感、自己の存在の罪悪感を
   抱えたまま「日本民族の自信を取り戻そう!」という
   シュプレッヒコールは、「みんなお国の為に死ね」となるに
   決まってるからだ


確かに私たちは、神道のこころを忘れててしまった
その結果、現在の「神道ブーム」は、そのまんま
「神道コンプレックス・ブーム」へと直結してしまっている

それは、ネトウヨだの安倍政権だのの「思う壺」として
まんまと利用されていってる

これでは、肝心の昭和天皇の「御聖断」とは逆方向ではないか?

「このままでは、日本人は死に絶えてしまうのではないか?」

そう危惧した昭和天皇陛下は「本土決戦」「民族玉砕」を良しとせず
ポツダム宣言を受諾した

そして、だからこそ陛下自らの意思として平和憲法を立てられた

  国体を失うぐらいなら全滅してしまおう・・・と言う考えが占める中
  自らの命を省みず、民族の存続を大事と考えたのだ

     ・・・・民族が生き延びてこそ、である

ところがこの“主語”となった私たち自身は、自分の欲望を追いかける
ことはしても、本当の「自己尊重」を見つけられずに今日に至った

オウム信者の若者達は当時、サティアンに立てこもり、
呼びかける親たちに言い放った

「僕たちはどうして産まれてきたんだ!」
「私たちの生きている意味は何なんだ!」

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生きるとは、欲望を追いかけること・・・・それ以上の生き方を親たちは知らなかった

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親たちはオウム信者になった彼らを連れ帰ることは出来なかった

存在理由1

そもそもそういう親だったからこそ、彼らは子供達をオウムにとられたと
いうべきかも知れない

存在理由4

親たちは生きることの至福、産まれてきたことの愛の悦びを
子供達に伝えられなかった・・・なぜなら彼ら自身が性を恥じていたからだ

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たしかにオウムの洗脳技術の悪質さもあったかも知れないが
生きることの歓びを教えられなかった大人にそもそも子の親としての
資格はあるのだろうか?


性への後ろめたさ、罪悪感は、子供を産んだことに対しての罪悪感と
同義だと言えないだろうか?

自分が精子と卵子との結合の段階から否定されることが
どんなものなのか?

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・・・多くの大人達がイメージすら出来ないまま子供を産んでいる、
    このとてつもない破滅の感覚が判るだろうか?

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    これこそが、本当の意味での「性的な子供の虐待」なのだと私は思う

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「まごころを君に」 なきべそ

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常にマジメであること、正しいこと、善良であること・・・

私も若いときはそんなマジメと真実一直線だった

正義の味方になろうと、つい最近までムキになっていた

そういう人は潔癖主義になる、完全主義者になる

あるいは逆に、潔癖主義、完全主義が
わたしたちを常に神経質でシリアスな、カタブツの正義の味方にしてしまうのだろう


     実際の所
      そういう人達は、
      いつも上から目線で誰かを裁いている、誰も許せない

     実際の所、
      そういう人達の優越主義とは
       劣等感やら強迫観念から来ている

真実の追究の前に
まずは「汝自身を知れ」なのだ・・・

  安倍政権が正しいか?間違っているのか?

  健康法は何がベストなのか?

 そんなことの正解に囚われすぎてしまうと
      私たちは「時間切れ」になってしまう

 制度の改革なんて、やりたい人に任せておけば良い
     ソクラテスは「悪法もまた法だ」といって毒人参を飲んだ

     イエスも潔く十字架に赴いた・・・

        しかし

      私たちはもうそんなカッコイイ死に方に憧れるより
       ルパン三世のように銭形警部のワッパから
       華麗にすり抜けようではないか?

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なぜならば、「あなたの正義」と「私の正義」が衝突した結果は
第三次世界大戦にまで成ってしまうからだ・・・・

領土や資源の奪いなどという野蛮でエゴイスティックなサバイバルゲームは
少なくとも名目上は誰ひとり納得しない

それは第二次世界大戦に終わってしまった
「テロとの戦い」「キリスト教とイスラムとの闘い」「イデオロギーの闘い」
「正義と悪との闘い」・・・・少なくとも、いま残っている戦争の大義とは
それぐらいなのだ・・・

    これに踊らされさえしなければ、戦争の大義など何処にもない
     戦争は「終わる」のだ

わたしは「相対主義者になれ」と言いたいんじゃない

なぜなら
すべての「~~主義=イズム」が「特定の構え」であり

  何か自分の中心に  外部から引っ張り込んみ正当化した
                 正義やら真実やらが存在するからだ


このブログ記事も、到達点は何かと言えば

                 「語るべき事など何も無い」 だ


わたしがあなたに付け足すべき事など何も無い

   これらはすべて、冗長な無駄話「These Foolish Things」だ



 じゃあわたしは、本当に何の目的もなく書いているのか?

   いや、そんなことはない

    「これらはみんな馬鹿げた話さ!」っと

          私が笑う

         そしてあなたも笑う

    その、「正しさへのこだわり」から、ポウン!と抜けた
               くつろいだ「笑い」が、   ・・・・私の獲物なのさ!

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