We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2014年09月

アヌビス神ときいてもピンと来ないかも知れないけれど
その姿は誰もが見覚えがあるだろう。

古代エジプトの冥界の神で、犬、あるいはジャッカルの頭を持っていると聞けば
「あああれか!」と思い当たると思う

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五井野正氏は、これがなぜ冥界の神なのかと言うことに関して
面白い解説をしている

犬という動物は世界中で最も身近な人間の良き友であり
その忠実さ、忠誠心は世界共通で知られている

で、この動物はいつも舌を出している

「舌を出す」という仕草は人間同士では
「あっかんべー」つまり「ウソだよー」というシグナルである
(まあ少なくとも日本では)

「ウソだよー」というのは、つまり告白である

つまり「本当のことを明かす」=「正直さ、誠実さの象徴」として
アヌビス神は描かれているのだというのが五井野氏の解説だ

ここに以下の様な言葉を述べよう

「言葉にしたこと、文字にしたことは全てウソとなり得る」

   ・・・・っと、この言葉は語られるや否や、自己矛盾してしまう!!


なぜなら、上記の言葉自体が “言語化されたこと” だからだ!

じゃあこの言葉それ自体は、本当なのか? ウソなのか?

つまりは、アヌビス神とは何を意図しているのか?
そのより深意を問うならば、

「真実はパラドックスを通してでないと語られることはない」

っということなのだ

で、実際にそれは私達の人生の実体験を通して検証することが出来る

その最も最たる例がメイソンが広めた「自由・平等・博愛」だ

これらは深遠な内面的な真理の言葉であるが故に、
このままストレートに野放しに政治的スローガンにすると
途端に社会秩序はメチャクチャになる

これはだれでも自分の実生活で実証することが可能だ

「自由」を世界に、社会に、人々に求めてご覧なさい....

貴方は途端に「不自由さ」の極限まで追い詰められるだろう

なぜなら、個人が完全なる自由を外に向かって放射線状に追求するなら
その先は犯罪者だからなのだ

特定のひとりの個人の自由の極限までの追求とは、全世界の奴隷化だからだ
それ以外に完全なる自由を個人に保証することは出来ない

その個人(世界の王)には、世界は殺人さえも許容しなければならなくなる

では、「平等」は?「愛」は?

試してみればいい。

「平等」を訴えれば訴えるほど世界は不平等になる

「愛」を訴えれば訴えるほど、世の中から「愛」の枯渇した世界が現れる


こういった言語化というのがどんな世界を現出させるのか?

それこそが、私達が今体験しているこの地球の現状だ

これらの真理に触れる概念というのは、よほどの注意の払われた
デリケートな扱いの許でなければ、途端に社会をカオスの状態にしてしまうのだ

日月神示の言う「イシヤの悪」とはまさしくこの真理の悪用だ

そしてそれと同時に、これこそが「悪も神の御使いぞ」という点でもある

つまりアヌビス神の謎、冥府の門を生きて無事に潜る者、
パラドックスの謎を解くモノ、

外(言語と論理と制度)の世界には本質的なものは何もないという
洞察に辿り着いた者・・・・

瞑想するものこそが、メイソンの問いかけに答えるのだ

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愚者編gd_00



バガヴァン> そしてその時、とても奇妙な素晴らしいことが起こります。
説明づけや非難がないときにのみ、他人を体験することができるのです。

説明付けや非難というのは、すべて「武装」なんですよね~~

これはいままで多くの事柄に“有利”だったがゆえに、この“武装する”という
メソッドを私たちはなかなか見きれずにいる

ヘミングウェイの小説「武器よさらば」というタイトルは
このタイトルだけでも非常に深いメッセージがあるわけです

スターウォーズにおいて、ルークがダースベイダーの中から
父の心を救出するときに
ライトサーベル(裁きの光の剣)を放棄した瞬間
彼ははじめて(同じくライトサーベルを使わない)
シス暗黒卿と比肩する存在になったわけです

シス暗黒卿palpatine


武器よさらば


愛とは何か?自意識とは何か?
・・・これらの探求をはじめると
この
「武装する」「獲得する」「達成する」
「修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!」というメソッドが
役に立たないどころか、むしろ邪魔になる(爆)

Jクリシュナムルティーが言うところの
「意識が水平から垂直に上昇すること」
「意識の第四の次元(=トゥーリア)」
とはこのことだと思う




バガヴァン> しかし、(大部分の人においては)マインドがどこでも、
いつでも働いているようです。

この発言に関しては重大な欠陥がある
単なる誤訳かも知れないが・・・

「働いている」ではなく「働いているように見える」というのが正解です

わたしたちは大げさに振る舞うコマーシャル映像には視線が奪われてしまいがちです

なぜなら「動く者に注意せよ」という太古からの動物のプログラムが働いているからです

しかし、
「動ではなく静を見よ」
「有ではなく無を、粒子ではなくその間の空間に意識を拡散せよ」
です

私たちは一度たりともこれ、つまり“間”を失ったことはない
マインドがおしゃべりしている、この瞬間でさえ・・・

だからなんにであれ、マインドに対してであれ、
ただただ見守っていればそこにはかならず“行間”がある

そこに“Misty”が居るんです(笑)

啐啄同時 by google

この言葉と私の産土「わたつみさま」の大家さんに相当する
諏訪神社さまの「諏訪」という2つのキーワードとが
最近、私の頭の中をひっきりなしに去来していた


これはフェイスブックで出会った桃田 潤一さん
のお陰で謎が解けてきそうだ

つまりこの二つのキーワードは「同じもの」だったと言うことだ

愚者編gd_00

諏訪神社は「決戦・第三新東京」のリアルな舞台
高田馬場
駅ちかくにもある

なので、ここに有る
「天の神の言葉を信者達ほとんどが預言出来る」という
プロテスタント系教会のミサに私は潜入捜査(笑)に
行ってきた
わけだ

やっぱりここに降りてきている
とってもキュートでラブリーな「天の父」とは
諏訪神社の神様なのではないだろうか?



7月27日のバガヴァンのskypeダルシャンにおいて

「日本人が呪われているのではない
ワンネスは日本の特殊性にまだ気が付いたばかりなんだ
ワンネスは今必死に日本人に通用する表現方法を探している」

この一言を聞いただけで、2500円を支払った価値があった

ワンネスが親鳥ならば、わたしたちは卵の殻をいままさに
割ろうとしてもがく雛のようなものだ・・・

わたしたちはあまりにも
エンライトメント・マスター(=ワンネス)を
万能視しすぎていたのだ。


これも長い間、「羊飼いと迷える子羊」という
キリスト教がばらまいた

「お前達は出来損ないの迷子だ」という欠落の概念、・・・

そして、
「全知全能の裁く神」という概念・・・

  ・・・これらの猛毒に汚染されてきたが故だった

イエスの「天の慈悲深き父」という概念も、近づいてはいるが
やはり遠い・・・・

つまるところ親鳥も雛も、同じなのだ 同一個体なのだ!!

単に卵の殻を隔てている(様に見える)だけだ

これが破られた瞬間、「父と子」という比喩さえも間違っていると
誰もが気が付く

それはOSHOが「存在の詩」で巧みに表現してくれている

「大海に一滴の滴が溶け込む」

「あるいは・・・」

「一滴の滴に、大海が溶け込む瞬間だ」


「洞察」という言葉があるが、漢字で表現するといかめしい

平たく表現すれば「“それ”を覗き込む」ということだ

都留さんが指南する“浄化”というのも、手法としてはほぼ完全に同じだった

単にそれを押さえ込むのではなく、
その中にひたすら
入り込んでいく
没入していく

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私が休みの日に(自宅の)古井戸の中で絶望という名の
「貞子ちゃんの死の抱擁」と共にひたすらやりまくっている

       自分自身とのセックス

も、まさしくそれだ!

昨日はそれが心臓まで達した

この肉体こそがリアルな「いまここ」であり、な~んも難しい事でも何でもない

この細胞1個1個が、セックスの恍惚で出来ているのに・・・・な~んで瞑想会に出かけていくのか?ディズニーランドに行かなければいけないのか?

かといって、行きたいと感じる人にケチをつけたいわけではない

そう感じることもまた、自然な中から出てきているのだろうから・・・

ただし、「~ねばならない」「家族サービスで仕方なく」とか「自分が欠陥人間だから何かを得たくて焦って・・・」とか義務感や欠落感や焦燥感からではない方が良いとは思う

そんなのは本当の愛からではなく、真ん中の「こころ」が抜けた
「受け」に過ぎないからだ


でもそうであったとしても、やはり行きたいというならば、全く咎めるつもりはない

悟った人のマネをしても悟れるわけはない
悟ったフリをしても悟ったわけではない

単にその人の人生が、より被害者意識、無力感に分裂してしまう
と言うだけのことだ


先日、ポールマッカートニーが久しぶりに来日して
コンサート・ツアーする予定だったのだが
そのタイトルは「OUT・THERE(ここからの脱出)」だった

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「自意識」というこころの呪縛から
脱出したいのであれば、それはただもがいても駄目で
この“アリスのワンダーランド”では
パラドックスの法則が支配しているのだ・・・

脱出したいのなら、
逆に“そこ”に
「深く静かに潜行せよ」


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彼の来日が、“久しぶり”だったのは
以前の来日の時にはマリファナ所持で捕まっちまったからだ



そしてもう“お歳”のマッカートニーには
今回のコンサートはほとんどが体調不良で“不発”だったそうだ

つくづく、日本に対しては彼はヘタレ野郎である

わたしは彼の曲で評価しているのは

聖母マリアのメッセージを唄った
「レット・イット・ビー」と

聖フランシスを彷彿とさせる
「フール・オンザ・ヒル」

そして彼流の「奥の細道」を表現した
「ロング・アンド・ワイディング・ロード」

まあそれぐらいだ。

まあたしかにこの三曲だけでも世界的スターとしての
彼の座は大げさなものではないと認めはするが
レノンの独白的なメッセージ性とは比べものにはならない
と私は思っている

「誰かが悟った人らしい!?」
「そしてこんな事を言ってる、あんな事を言ってる!?」

そんなのは
ゴシップ記事満載の雑誌のタイトルを
芸能界やらスポーツマガジン、競馬新聞から、
精神世界のより狂気に満ちたどん欲な話題のタイトルに
購読変更したに過ぎない

それをいちいち自分の中のゴールデンルールや信条、律法にする必要など無いのだ

さりげなく聴いて、(聞くのではなく)、そして心に留まったものだけを留めておく・・・それで良いと思う

最近、アイリスのマークがこれだと偶然知って、ブッたまげた。

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なぜなら、このマークは何気にカラフルでサイズが合っていて
しかも特価品だったTシャツ、これを数年前、何気にドッサリ
買い込んで使っていたんだけれど・・・・このTシャツには唯一
飾りとしてこのマークが胸に刺繍してあったからだ

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アイリスとは私が憧れていたギリシャ神話の女神である

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参照:ボサノヴァで踊る聖母マリア - I am my own Dimension

一方、このマークが女神イリスや聖母マリアの象徴だと全く知らないで
わたしはこのマークが好きだったのだ

なぜならこれはトーラスの中心に見えるからだ

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わたし=I am=愛 が この時空間をブッ通す瞬間

このアイリスのマークとは
「ブッ通されたあなた」つまり女の歓喜のように
見えるのだ

つまりはパイの神秘、オーガスムスだ

「汝(なんじ)とはなんぞや?」と問うならば、
「それは私たちひとりひとりの心臓である」と答えるのも良いかと思う

私たちひとりひとりの意識は
この肉体の、この心臓の
最初の鼓動から始まり、
死の間際の
最後の鼓動までの間、
この肉体に宿り続けることが出来る

まさしく心臓とは太陽であり、アマテラスであり
わたしたちひとりひとりにとってのこの三次元の暮らしの土台
生命の基礎、そのものである

遺伝子と環境を準備してくれた両親以上に
  わたしたちの命を向かえ、支えてくれる心臓とは
         まさしく【体内の両親】の交合の持続である!!


これが愛じゃなくて、何か愛なのだろうか?

この絶え間ない、不眠不休の献身。

 脳みそ、思考は
  他人やら社会やらに
   囚われて、比較して
   期待と失望を行き来し
    ブツブツ飽きることのない不平不満を垂らしているあいだ中も・・・

この愛の奉仕が、私たちを黙って生かし続けてきたのじゃないだろうか?

この世界で最も、愛おしい、感謝すべき存在とは心臓機関だ!

        心臓こそ、わたしたちの父母だ。
         最も身近で、最も確実な愛の証明だ

つまり私たちの意識とは、生命とは、血液そのものなのだ

私たちとはセックスのエネルギーそのものだった!!
愛の営みだった


それは、宇宙の子供であり、夫である私たち「意識」にとって
母であり、妻である心臓とのたゆまない交合で今この瞬間も
営まれている

心臓は毎瞬毎瞬ビートを打ちながら
わたしたち意識にラブレターを送り続けているのだ

「あなたを愛しています」
「あなたを信じています」
「あなたの為に鼓動し続けます」

「あなたにここにいて欲しいです」  っと


何と言うことか!
私たちは、毎瞬毎瞬、セックスの恍惚の中に生きていたのだ!!

“生” の中心は “性” だった・・・

さあ、どなたさんも、自分の胸に手をやって欲しい
自らの鼓動に飽きることない性の歓びを感じて欲しい



男も女も、「意識」とはみんな夫(スワミ=座る身)なのだ

わたしたちの肉体は
わたしたちの心臓は

恋人であり、愛人であり、妻であり、母(マ=はは)なのだ

昔懐かしの「ワンパクフリッパー」のOPに、このアイリスのマークが
咲き乱れるようなアニメーションが入っている

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