We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2014年09月



WinXPの時代にはまだ各ユーザーフォルダーが一緒くたになっていたりと
天下のMSは頭脳集団のハズなのに、なぜか何十年もトロいことやってました

最近は、オフィスなんかでも一台のコンピューターを複数の人間がそれぞれの
アカウントで共有して使うことも多くなってきたのではないでしょうか?

如何なる権限の許でこのパソコンにアクセスするか?
それによってどんなデーターを閲覧、編集出来、どんな作業が許されるのか?

各アカウント毎に設定可能です

   ・・・家族間なんかでも応用可能な使い方ですね

さて・・・

「私は創造神」とか「あなたは創造神」とか、物騒な話題になったとき
この「権限」の問題は極めて重要になってきます

「創造神」つまりワンネス? というのはありったけの権限であることは
論を待ちません

この存在が持ち得る最大の権限とは、最大の破壊行為も可能と言うことなので
そのあたりが、大友克洋の「AKIRA」の焦点です

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このあたりが以前も述べたようにアトランティスの崩壊とも関係しているようです

つまり、創造神に近いような権限を、創造神に遠い資格しか持たない意識に
付与されてしまった場合、その意識は(どの様に高邁な精神に見えても)
ほぼ確実にほころびが生じ、自分自身のパワーに振り回され、当(人)?の
自滅と共に、周辺にそのパワーの大きさに比例したカタストロフを引き起こします

その修正版としてのガッチガチの物質制限文明が、私たちの今の文明です
だから。アトランティス文明がどうの、UFOがこうのという話題は、
いまここに至っても、あくまでもサブカルのカテゴリーである


新世紀エヴァンゲリオンにおいて、そのテーマを「封印された力」であると
庵野監督は述べていたと思いますが、サードインパクトとは、まさしくその
「パワーが解放されるときの悪夢の再来」への恐怖をアニメ化したのだと思う

エハン・デラヴィ氏が言うところの「人類が共有する破滅へのトラウマ」とは
これであろうと思う



実際物理的には、いわゆる超能力が解放されてチュドーンではなく
破滅への恐怖と憧れが次々伝染して押さえがたくなり、その願望の大きさに
比例した、適度な大きさの隕石=メテオを地球の重力圏に引き寄せてしまった

・・・みたいな“現象化”だったかもしれません

隕石落下


いま、この時代もアセンションという言葉の流行と共に、この問題に肉迫した
状況があると思う

あるものは「アセンションなんてまた一種のデマだ」と言うだろうし
またあるひとは「もう身近に来ていると思う」というだろう

実は、両方正しいと思う

それは「有ると言えばある」「無いと言えば無い」の世界だと思う

しかし、本当のところ「無い」と言いきっている人にも上記の様なトラウマは
深層心理の奥深くに残っていると思うので、「無いと思いたい」という願望で
ある可能性は指摘しておこう

その一方、「有る」と言っている人にも、破滅願望とか、今の物質文明
マネー至上主義のガチガチの文明に閉塞感を感じ、

   「みんな死んじゃえ」

みたいな碇シンジモードが発動している可能性は大いに高い

その両者とも、いまはまだ押さえられている

どうしてかといえば、それこそが「物質文明の所以(ゆえん)」で
こういった、トラウマの暴走が安易に破滅へのトリガーを牽かない様に
今の人類は設計されているからだ

「トラウマから突き動かされている者達には、否定論者も肯定論者にも
現象化への権限がない」のだ






なんどか、チラリと書いていることだけれど、幽体離脱というのは
まあ人によっては、霊体が肉体から離れて夜空をフラフラ彷徨う
みたいな体験をしている人もいるかも知れないが・・・、




私の場合は「自分のコアへの突入」であった

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そこは、光の渦巻く世界で、でも、それらすべては、
三次元空間の「さらに外側」の世界にも突き抜けている感覚があった

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    <体積ゼロ>  <質量ゼロ>  の世界である


だから空間が広がっているわけではないが、ところがその光の渦が
擬似的に巨大な空間を“見せて”くれている

その疑似空間の中を、わたしは口笛を高らかに鳴らすように唄う

    ただし、   これを強調したい

その時の私には、手も足もない、アタマもない、胴体も、内臓器官もない

ただただ歓喜だけがそこにある

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ただただ至福だけ、ハミングの歓びだけが私の全てだった

そのハミングと共に、猛スピードで、わたしは飛んだ

凄まじい速度、でもそれが楽しい

本当は私は全く移動はしていない、その自覚はあった

なのに猛スピードで移動している疾走感がある

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この痛快な内的旅行を存分に楽しんだ後、思ったのは
「もう私の肉体は死んでいるだろう」とすっかり思っていたことだ

だからわたしの脳髄がまだ生きていることを発見したときは驚いた

どおやらまだ寿命ではなかったみたいだし、
この素晴らしい体験を、皆さんにこうやってブログでシェア出来るのは嬉しい



当たり前の事を、  あえて  もう一度  言わせて欲しい

あなた、 死んだら  手、有りません  足、有りません
頭、 無いんですよ?  だから

日本語で考えることは出来ません

過去のことはどうでも良くなってますし、実際どうでも良い

おなか、 へりません  食欲ないし  ありえません

何の欲望もありません


この世とあの世をつなぐ唯一のものは、至福、歓喜、恍惚、それだけです

つまり、それがあなたやわたしの本質であり、あの世に帰って行けるすべてです

この、 当たり前の事が  何故かみんなピンときてません

死んだ後も、日本語で考えようとして、
肉体があったときのことをクヨクヨ考えます

無限の存在に帰ったときには、無限にクヨクヨする能力もあります

脳髄もとっくに荼毘にふされて灰になっちゃっているのに
それでも、無限性に帰したあなたは頭で考えようとします

手がないのに、手で頭を抱え、無くなった頭をかきむしります

つまりこれが幽霊というわけです

つまりこういう諦めの悪い奴らが、また肉体を必要とするわけです

もはやこう言う連中に、「あなたが創造神ですよ」といっても
ピンと来ないのは当然だし、その方がいい

権限のないモノには、あるいは権限を拒否した者には
権限は与えるべきではない

逆に言えば、完全に無欲になった者だけに
「あなたが創造神ですよ」という言葉はふさわしい

そういう、完全に恍惚になりきった者、至福の中に溺れきった存在には
カタストロフを起こす危険性はないからだ

さらには、その至福や恍惚すら、最後には静寂という次のステージがある

至福や歓喜すら、抑揚だからだ

それはまだ「波」だ

最後に到達するのが、つまりはシャンタン、つまりはニルヴァーナだ

これを、まだ肉体のあるウチに体現した者、それを「彼岸に達した者」と
呼ぶ、    っていうか  もはやその人は

                  ・・・個人の人格ではないのだが



この都留さんの言葉に出てくる「ピンホール」という表現は
実に秀逸だとおもう。

私たちは見慣れた日常の中で、すっかり「世界とはこんなもの」
という狭い見方に慣れ、そして退屈している

しかし、科学の世界は、分子、原子、素粒子・・・っと言う風に
超ミクロ、超超ミクロ、超超超ミクロの世界が存在することを
報告している

一方天文学は、超マクロ、超超マクロ、超超超マクロの広大な
宇宙空間を報告している。

それがデタラメではないことは、夜空を見上げれば明らかだ

目眩がしそうな程の巨大な宇宙空間
その広大さはもう、絶対的に否定出来ない事実だ


私たちが退屈しきってトロンとした眼で眺めている、この目の前の
世界は、実はとてつもなく莫大な、荒唐無稽な、クレイジーな世界


さらにもっとクレイジーなのは、これら無限小から、無限大のこの宇宙が
ビッグバンによって無限に小さな凝縮された一点(つまりピンホール)から
爆発して始まったという説だ。

   (「ビッグバン説」はあくまでも仮説の域は出ていない
               と私は思ってはいるけれど・・・) でも

空間という得体の知れないものは私たちが想像を絶するぐらい
広がったり縮んだりするものなのだというのはほぼ事実のようだ

実際の所、空間の断面とは“平面”であり、空間上の様々なドラマを
記録したモノを“動画”とするなら、平面という断面は静止画像であり
“動画の中の一つのフレーム”であると例えられる


でも実際の所、空間というのは“物理的な”刃物で切断することは不可能だ

なぜ、空間は切断出来ないのか?
なぜなら「一体成形」だからだ・・・、

和尚ネオタロット:40.Wholeness    全体性
 (解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)

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この空間を支配する「密着(ぴったんこ)性」ゆえに、空間を切断出来る
刃物は存在しない!

刃物自体が空間の被造物 だからだ!

時空間とは「接吻と抱擁と交合との凝縮体」である・・・

  その仮説を元にすれば、
      宇宙の果てまで瞬時に伝わるシンクロニスティー現象や
       超伝導現象、タキオン粒子の謎などは、自明のことになる


では“どんな?”刃物なら切断可能かと言えば、それは“思考”である

都留氏>あなたの思考こそがこの宇宙の始まりであったことを思い出して下さい。

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物理的には不可能な実験が出来る・・・それが試行(思考)実験だ

なぜ、思考によってのみ空間の切断が可能なのか?

これをよく考えてみれば、驚くべき結論に達する
つまり上記都留さんの「思考が宇宙を創造した」という言葉は
正しいという結論に達する

エクスカリバーの「創造の剣」の伝説は真実を告げていたのだ!

空間とは思考の被造物なのだ!


こころというのはだから、物理三次元世界よりも、実は巨大なのだ

瞑想のある段階に行くと、この三次元世界が急に小さな「箱庭」の様に見え始める

じゃあその「外側ってどこなの?」と当然私たちの通常の意識は問う。

答えは「私たちの内側である」という荒唐無稽な、ロジカルには理解不能な
解答をせざるを得ない・・・  だからこれは実際に体験してもらうしかない

しかし、上記で述べたように、私たちの日常感覚では想像を絶するぐらい



ということを肝に銘じて欲しい


     「空間とは何か?」

この命題に正確な解答が出来たとき、私たちの寝ぼけたマインドはぶっ飛ぶ!!

わたしたちは自分の今世界を見ている意識というものの正体
気が狂わん程に、恐れおののく・・・・


OSHO、あなたは何故、そんなに一休について詳しく語る個tが出来るのですか?

OSHO: 実際私が詳しいのは一休についてと言うよりも
「自分自身について知っている」ということなんだよ
この言葉が、「なぞなぞ」なのでも「隠喩」なのでもなく
“そのまんまの事実”であることを理解した瞬間、
上記、都留氏の発言は畏怖を持って完全に理解されるだろう。



アカシックによれば、すでにエンライトメントしているはずのナザレのイエスの
輪廻転生者が、実はノストラダムスであると言うことらしい

すでに意識が存在全体との溶解へと帰ってしまった場合、その意識は
もう肉体をまとって帰ってこないというのはOSHO自身も何度も
証言していることだが、でも、「個人的なエンライトメントなどと言うものはない」
とも、何度も証言していることだ・・・  つまり、実際の所、この世界は
有限に見えるがそのバックボーンはすでに“無限世界”なのだから
「あり得ない」ことなどは「ない」のだ

ノストラダムスにせよマヤ・カレンダーにせよ、それは人々に恐怖を
まき散らし続けた当の主犯、キリスト教白人略奪文明によって、

「こわいぞ~~こわいぞ~~~」

「人類は滅亡しちゃうゾー、滅亡しちゃうゾー」

という「人類滅亡するする詐欺」に利用され続けた。

しかしもういい加減、この種の詐欺はネタ切れなのである。

また、真実の認知レベルも
もはや「後戻り出来ないレベル」に達した。

これが、確信なのである  ・・・人類神聖の ・・・人類新生の、核心だ。


私がこの記事を書き始めた時点で、この記事には
っとある。

この63人に是非聞きたいのは、
「じゃああんた達、自分のこと信じてる?」ということだ

あるいは「信じようとこれから努力しようと思ったの?」ということだ

わたしがこの世で信じているのはたったひとつだ

    それは「私は間違える」ということだ。

ぼんやりしているとすぐ間違える、人を傷つける。
叱られるようなことをすぐにしでかしてしまう。
すぐに早とちり、思い違いをしてしまうということだ。

これだけが、この世に生きていていて、唯一信じていることだ

なぜなら、何かを信じる為には絶対認識が必要だからだ

ところが私には絶対認識、完全認識がない

これは事実だ

となると、わたしという存在は、
もうそこから信じうるなにものにも到達出来ない

わたしは・・・ありとあらゆる信念体系を疑う。
なぜなら何かの信念をもち得る「自分」ではないからだ

                ・・・・それが私の基本的スタンスだ


しかし、これは信じていることではないが、認めざるを得ないことがある

このような、間違いだらけ、仮説だらけの惨めなわたしが、
今日まで生きてこれた。
今日まで存在することが、この宇宙に許されたと言うことだ。

もし神という存在がおわして、そう私を判断し、「大目に見てくれていた」のだとしたら
こりゃあ、相当、私に甘い神様だな・・・・  ということだ

もし、上記シャンタン氏の紹介してくれたOSHO語録の中にある
「ハートから信じること」というのが、この
「大甘な運命の女神の優しさ」ということであるのなら

  ・・・わたしは、「信じ難い!」と目をパチクリさせつつも、
   目に涙を溜めて、(ToT)感謝と共に「否定し難い!」  ・・・・そう想う。


「わたしは   ・・・まちガエル・・・」  by マニール・カタル

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69という数字は占星術ではかに座のマーク

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69 http://eijucraft.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/69.html

上記ブログにもあるように
かに座の真ん中とは「7月7日」まさしく天の恋人同士「織姫と彦星」が出会う
七夕である

そして「69」は易経で言うところの太極(イーチン)のマーク

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心と身と太極図 http://halet.seesaa.net/article/176674722.html

一見対立すると思われたものが、実は相互補完関係にあると言うこと・・・

たとえば、「悪魔は存在するのです!気をつけましょう」と、自分たちを
まるで神の代弁者のように主張する者が、実は最も悪魔という概念に
依存している・・・  つまりは悪魔主義者である
というパラドックス・・・

これは前記事で述べたように、パラドックスの凝視の中に真実は
見いだされるということ
を、この太極図もまた指し示している

では、6と9との間にあるのは何か?
これをさらにフォーカスするなら、それは「7と8」である

ん? 「7と8」・・・・?

  思わず連想してしまうのがウルトラの星である
つまり「M78星雲」のどこかにあるという「光の国」だ

数字7と数字8とのM、つまりミドル=中間に「光の国」はあると言うわけだ!

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答えは「7.5」になる。

じゃあ、7.5が何で「光の国」なのかといえば、これは地球のことだ

なぜなら、光速は地球を1秒で7周半するからだ

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つまり、光が一秒で7周半する大きさの惑星ではないと光=生命は宿らない
という風にも解釈出来る



ウルトラの星からの使者には大きく分けて
「ウルトラマン」系と「ウルトラセブン」系がいる

つまり、十字を組むスペシューム光線が必殺技のキリスト教系と、

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ウルトラアイによって変身し、眉間の第三の目とアイスラッガー(マインドの切れ味)が必殺技の仏教系だ

あなたに捧げる愛スラッガー

※ この「マンが基督、セブンが仏教」というアイディアはサーティンキュー(鶉橋浩行氏)による

  私は若い頃、彼によって日月神示を教えてもらい、宇野正美、そして
  五井野正氏のウイッピーを勧誘された

  上記の様なユーモラスで独創的なオカルト的解釈は、わたしもかなり感化された

  ただ、ウイッピーの先輩としての彼との長い付き合いのなかで、多々疑問点を感じて
  現在は、五井野氏とも鶉橋氏とも離れている

  でも、ちゃんと本名を公表して頑張っているところは、2人ともさすがだなと感服する



“それ”が最初に起きたのはシャンタン・アウェイクニングコースを受ける直前ぐらいだった

朝、目が醒めた途端に何の脈絡もなく
「何一つ、外に向かって求めないでみよう」という
試みをしたくなった・・・その途端、それは起きた

急に全てが静まりかえった。

とてつもない安らぎ、静寂、・・・

部屋の時計を見て見るとちゃんと動いているのに
まるで時が静止したみたいな感覚・・・

それが数十秒続いた

こころの中を見てみると脳の芯のあたりで
まるで地球ゴマが高速で回転しているようだ



しかし、軸は全くふらつきがなく、正確に回転している為に
この意識状態が実現しているようだ

「外に向かってあらゆるベクトルが放出していない」

そのとき心の回転軸はぴたりと点の上を高速に回転する

“それ”がもう一度起きたのは昨日(秋分の日)だった

夕方、唐突に思った
「“内なる声”でさえも“外の雑音”にすぎない!」

そう自分に宣言するやいなや、“それ”が数十秒起きた
体中の緊張がほぐれていくような感覚だった

要は、センタリングが重要なようだ

外に向かわない、外からの介入に動じない

そして、そもそも「何が外で、何が内面なのか?」

これが判らないと、センタリングは出来ない

内側からわき出てくる声ですら
外側の声・・・・  であるならば、
“内面”とは、如何に静寂(シャンタン)そのものであるか?
ということだ

和尚ネオタロット:19.Becomlng Centered
     (スワミ=座る身:丹田) 中心が定まる
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)

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