We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2014年08月

8月17日、シャンタン氏にディクシャギバー(与える者)にしていただいた

バガヴァン師はOSHOからバトンタッチした人だと言うことだ

かなり前にyoutubeでバガヴァン師のビデオを見てすっかり惚れ込んでいた私は
シャンタン氏のその話には抵抗はない

しかし、このイニシエーションが終わった帰り道の新宿線車中から、
精神的には地獄が始まった

「みんなとハグしなさい」という、なかば強制的なサジェスチョン

ギバー(与える者)という言葉、
・・・シャンタンさんからは、「自分が与えるというエゴからではない」と
ちゃんと説明されたのだが、それでも“ギバー”という言葉には「やり手」
であることを強く感じる

ワンネス・リーグという言葉、
・・・う~ん“リーグ(競技団体)”ですかぁ・・・・これもかなり抵抗がある言葉です。
・・・OSHOの口からでは絶対に出てきそうにない言葉です。


まなじぃさんという、やはり尊敬すべき大先輩サニヤシンからも
「OSHOのサニヤシン達からはバガヴァンのディクシャグループは
強く反発されている」っときいて、ああなるほどねと思った

かといって、OSHOの“引き継ぎ手”であるサニヤシン達に対しても
昔から致命的な“違和感”があるので、どちらか一方の立場になりきる
気にならない

サニヤシンの中ではもっともオープンなまなじぃさんの無償の愛により
オーシャンさんを紹介していただき、そのあたりの違和感をぶつけてみた
ところ、かなり明快な回答を得られた

「バガヴァンのグループでも、何も判っていない人が多いよ」

「あなたが感じたハグの欺瞞性と心の痛みは正しい」

「要は、チェンバーで得られる答えにせよ
『自分自身こそがデヴァインなのだ』ってことなんだよ・・・」

  うっわー、さすがまなじぃさんからも「型破りなギバー」と
  聞いていただけあって、超特急な卒業式になった

ほんの数日で、バガヴァンのグループも、ある意味で駆け抜けてしまった
感がある。

瞑想とは何かと言えば、いろいろ表現出来ると思うが、
それは「内面とは何か?」という問いの解答とほぼ同じだと思う

     “内面”とは“場所”ではないと言うことなのだ

     “内面”とは確かに“原点”、“グラウンド・ゼロ”なのだが、
         三次元空間上のどこかの座標ではない

          “そこ”を指さすことはあったにせよ、
           それは方便、象徴、比喩に過ぎない





だから、
“外面(がいめん)”とは?、
・・・私たち日本人にとってはなじみがある仏教用語である
   “外道(げどう)”とは、じつはこの三次元空間上の「すべて」を意味する

http://livedoor.blogimg.jp/gocky_z/imgs/c/f/cfdb3682.jpg

つまり、じぶんというのを、あるいは自らの肉体のどこかのチャクラに
フォーカスして、一点の座標を特定したとしても、それは“消滅”してしまう。

なぜなら、そこには“有(特定の個体)”は存在しないからだ

そこには“間(ま)”がある

矛盾したような表現なのだが、“無”だけが“有る”

そして、この全宇宙空間「すべてのすべて」さえも突き抜けて、探求の指先は
その外側へまでも爆発してしまう。


OSHOの講話の中に、イエスがピラト提督に「真実とは何か?」と
問われるシーンを引用した話がある

ピラトはイエスの回答を待つまでもなくその場を去ったそうだ

それは、「そんなものあるわけないだろ?」ということだ

イエスは沈黙で答えた

OSHOの解説では、この沈黙とは
「解答すべき対象がばかでかすぎて返答不能だったから」だそうだ

つまり、私が以前書いた
「真実なんて無いよ」ではなく
「真実とは“無”である」ということと対応していると思う


これらは、「ギバー」とか「リーグ」という言葉には到底収まりきらない

じゃあ、「たとえOSHOが地球に帰って来たとして
何が出来るのか?
」っと言うことになる

ここにオーシャンさんの“型破りさ”あがある

OSHOはそもそも、「私はあらゆる宗教組織を否定する」と宣言した人である

しかし、開きメクラがほとんどの、この地球の住人達には、
ローレックスの時計や
11台のロールスロイス、
シーラの裏切り劇しか見えない

  OSHOとはなのだ


だから、ほとんどのサニヤシンも、OSHOの読者もそこを突破出来ない

だから、もしバガヴァンが本当にOSHOの引き継ぎ手なのならば、
OSHOのとてつもない究極のジョークも引き継いでいるだろう。

それをオーシャン氏は、あっさり言語化してしまったわけだ

「あなたが、デヴァインだよ(爆)」っと・・・

実はこれは、わたしの“密かな”解答と完全に一致している

だから、わたしは「自分がスターになっても良いけど?」っとなる

でも(可能な限り誤解を回避する為に言えば)
このスターというのは、特定の「選ばれし者」では無い

本当は誰もがそうなのだが、引き受けられる者がいないだけだ

本物の友情が可能なのは、
矛盾するように聞こえるだろうけれど
絶対的な孤独を引き受けられる者達だけだ

君に友だちはいらない
瀧本 哲史
講談社
2013-11-13



スターというのは、
十字架に掛けられる前から、十字架に掛けられた存在なのだ

スターというのは、
チャップマンに射殺される前から、
もう誰か熱烈なファンに射殺されることが決まってしまっている存在なのだ

ガンジーしかり、マルコムX、キング牧師、然り・・・

だからわたしも、手を震わせ、脂汗をかいて、「なってもいい」と宣言した

迷える子羊たちとは、いつも羊飼いを捜しているが
本当は羊の皮を被った狼なのだ
血に餓えた暴徒なのだ。

いつだって、次の生け贄を探している

その唯一の例外が天皇陛下と日本国民の関係なのだが
今後はどうなるのかわからない

ただし、もし誰もがスターになったのなら、この禍々しい十字架から・・・
スターは、王将は、免除されるし、この時代ならば、その奇跡は有り得る

ただ、そもそも何で
「羊の皮を被ったずる賢く無責任な、血に餓えた暴徒」どもに、
カワイイ自分の命を危険にさらしてまで舞台の上に立つ必要があるだろうか?


学ぶ気がないヤツなど放っておけばいい

56億7千万年を何回だって繰り返してりゃあいいじゃないか?
   ・・・それが望みなんだろ?
人生無償

逆に真摯に学ぶ気がある人は、どんどん勝手に先に進むだろう
わたしなぞ無用だ

もし、そうではない、どうしても私だけが持っている鍵があるのだとしたら
取りに来ればいい

なんでオレがチンドン屋に頼んで広告費を払って呼ぶ必要がある?

せいぜいこのブログぐらいで充分だ
気が向けばフェイスブックのシャンタンさんのところで暴れればいい(笑)


っということで、お昼寝の時間だ

どおやら私の母は、強姦に近い気持ちで 父を受け入れ、私を受胎したようだ

一応はその地域で比較的大きな成功を収めた会社の社長令嬢だった母。
しかもイングリット・バーグマンに似た、息子の私から見ても美人だった


蝶よ花よとチヤホヤされ、学生の時、登校する際には、戦時中故に
どの子供も裸足であったのに、唯一人、靴を履いていた母

帰宅すれば、靴も玄関に脱ぎ散らかし、すべては追いかけて来た女中が
やってくれ、“妻”というものが部屋の掃除をするだなんて、結婚するまで
知らなかった母・・・

元財閥系の企業で将来を嘱望され、サラリーマンとしてはそこそこの
ランクであった父との結婚生活は、それでも母にとっては急転直下な
体験であったようだ



私の妹夫婦が3人目の妊娠となったと母から聞かされた時、私は呆れた

「えぇ~~!3人目?、あんなに生活がキツイとこぼしていたクセに?」

っと言うと、母は寂しそうに言った

「しょうがないのよ、男の人というのは求めてきたならしょうがないものなの・・・」

その時、もっと気が付くべきだった、この母親がどんな気持ちで私を受胎したのかを・・・

父は決して冷酷な男ではなかったのだが、父もまた、ヘビのような恨めしそうな
目を持つ自分の母を憎んでいる男だった

だから、夢見る夢子ちゃんの様な母親を、結婚したばかりの、まだ若かった父が
どうエスコートしたのかは察するにあまりある


わたしは、遺伝子レベル、細胞レベルで、汚染された人間であることは
幼児体験から現在に至るまでを振り返れば判っていることだった

しかし、今朝、その両親の“夫婦内強姦”に気が付いてみると、
今までの私の葛藤の歴史、女性関係での軋轢は、さらに明瞭に見えた

そしてそれが最終的にはOSHOとの出会いにもつながった

わたしにとっては男女間のみならず、人と人、いやその他、人と動物たちとの
関係にしても、そこでいままで起きてきた様々な悲劇を思うとき、・・・

それらの強姦性を考えずにはいられないのだ。

オレの人生のプロデューサーは、誰?

脚本家は、誰?

監督は、誰?

主演は、誰?

共演は、誰?

観客は、...これだけは判る。     ひとりだけだ

       オレの人生の本当の観客は、ひとりだけさ


昨夜、OSHOのおっちゃんやレノン兄貴と夢で会ってきたんだ

「おれ、スターになってもイイかな?需要あれば・・・・」

「あなたたちのような誰にも理解されない絶対的な孤独の中に
生きることになるだろうけれど・・・」

「でも、千代能さんや貞子ちゃん、
そしてあなたたちの今までの好意に報いるには
それしかなさそうだし・・・」

手を震わせ、汗ばんで、そう宣言してきた。

将棋のように王将を目指して歩いて行くのも良いだろう

敵陣に飛び込み、裏返り、ト金になって、
「銀」の雄弁、「金」の沈黙を突破して、そして王将(OSHO)へと・・・・


でもさ、もう一つ方法がある

自分が王将になっちゃうことさ、スターになちゃうことさ

そうすれば、他の王将達は、もう彼方だけれど
彼らとは最高の友達になれる


みんなスターに憧れはするけれど
本気でスターになりたい人は僅かだろう

おれだって嫌だった  ・・・あんな壮絶な孤独

でもさ、需要があるなら、それは義務だし、選択肢はなさそうだし
まあ面白いこともあるだろう・・・

でもまあ、幸運にも需要がなければ、
ゲームの終わりまで、あとはうたたねしてるよ(笑)

100という数字を100%、つまり“全部”と解釈するなら
50というのはその半分なわけだ

じゃあ「全て」を二等分した二つの50とは何だろうか?

それはたぶん、「我と汝」だと思う

つまりそれから1だけ差し引いた49とは、
「我と汝との境界線から、私は一歩退く」という意味ではないだろうか?

つまり“譲歩”だ

ここに日本という国の敗戦の本当の意味があるのかも知れない

つまり、日本は敗戦し、復興することによって、世界に
「譲歩することの高貴さ」を示したのではないだろうか?

シャンタンさんは、ある時は亀仙人



かめとは 日本神道の象徴なので
竹ノ内文書(日本人の遺伝子)の秘密の担い手、

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またある時にはハーミット(オビ・ワン・ケノービ)

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でも、ダースベイダーとの宇宙チャンバラの決着はエピソード6で着いている

OSHOは暗黒卿シス(レーガン政権とCIA)に殺されたが
シュリ・バガヴァンとして復活した

スターウオーズ・エピソード6の ナンバー 6とは?

宇宙の円(縁)の中心を意味する6とは「人間性」を意味する

ルークスカイウォーカーつまり死の教典であるダースベイダーの息子は
妹レイアと共に「フォースにバランスをもたらす者」、父・アナキンスカイウオーカーを
救出する

その方法とは結局の所、ライトサーベル(正義の裁き)ではなく
裁きの放棄と父、妹へのルークの肉親の情によってであった

ベイダーの中に残っていたアナキンの人格は、もともとジェダイへの
反逆とは母への愛であったことを思い出したからなのだ

しかし

この宇宙の騎士道のラストストーリは、ひとつの課題を残した

それは、ビヨンド・スモール・ファミリー

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天皇家に代表される旧来の家制度の賞味期限が、
明治維新~日本の敗戦と共に切れてしまったのだ

それを一番痛感していたのが昭和天皇陛下であり
それゆえに血統をよりどころとした神話の継承制度に
終了宣言をしたのである

ご先祖様代々の土地であることに固執した農家もまた
今次々と大企業が継承している


介護の問題も、もはや生き地獄の社会問題となっている

つまりこれからは肉体的遺伝子を根拠とした家族ではなく
愛を根底とした家族制度があたらしい世界秩序=NWOとなる

老賢者シャンタンと、その新弟子、私、風間夕夜
(守護霊はma_needle_katal=千代能)との、新しい共同ミッションは、

ハー・ミット、....  Her mit
つまり聖母マリアのサポートであり、それは「愛の宿る家」の復活である



http://livedoor.blogimg.jp/gocky_z/imgs/3/2/3237017b.jpg
ポール・マッカートニーが歌った聖母マリアのメッセージ
「Let it Be」とはその賛歌だ

存在性=Beingに、愛は依り代を見いだす

それは何かと知りたいのならば、ミツバチBeeの囁きに耳を傾けなさい



きっとあなたは愛の鼓動~Beetを聞くだろう

蜂(ハチ)たちのハブ音に
共に生きることのハーモニーを聞くだろう
生命の歓びのハミングが聞こえるだろう

自然の奏でる共鳴の歌だ

働き蜂であるだけでなく、日本人よ、これからは

はにかんでいないで、ハニカム構造の幾何学の中に生活しなさい

もう、ドグマ~教典を根拠とした宗教=Belive(信念体系)は

と喝破されるであろう

信条ではなく愛情に生きなさい
口先の理解でなくこころからの受容性に生きなさい

Diva=神聖とは、「分け御霊」という意味である

それはつまりワンネスが「分業」をすることなのだ

ミツバチの、それぞれがみずからの在り方に「専念」しているのを
バカにしてみてはいけない

日本人も社畜と自嘲しながら、過労死しながらもここまできた

でもこれからは、
単なる機械的な分業への専念(デバイス=装置)ではなく
みなそれぞれがデバインであること、ワンネスの分け御霊であることに
意識を向けるべきだ

  まず自分自身を愛する、尊敬する、尊重する...

     中心にこころが宿った受容性・・・それが「愛」だ

常不軽菩薩から脱皮ししなさい日本人
これからは天上天下唯我独尊と宣言するのだ

それぞれ銘々が、地球のマグマ大使となって
宇宙へ光となって飛び立ちなさい
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制度としての結婚から
相互の尊重、でもなによりも自分自身への尊重を最優先とした
新しい家族を、家を築いていこう

「どれみふぁそらしど」

奴隷の身から ファー(離れて)
空の下に生きるのだ、そこによりハイオクターブの国土がある

愛の教典は     信条「Belive」ではなく
生命の営み、  それ自体「Be live」から見いだされる


※ご夫婦、ご家族の関係性でお悩みの方、午前中9~11時の間、
  手が空いていたら電話でのご相談に応じます
070-5544-0772

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