We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

2014年06月

今朝目覚めて、妙なことを思い出した。

中学生ぐらいだった時分、近所の家に同年配のある友人が居た。

家がすぐ近くだったこともあり、彼とはよく遊んだ、長い時間を過ごした。

自宅を出る高校卒業ぐらいまでの(私にとっては)長い交友期間が
終わる頃、母はボソリと「あのお宅の彼、知恵遅れで気の毒よね」と
洩らして、私は驚愕した。

・・・確かに言われてみて、思い出してみると彼はいつも笑っていた。

いつも意味なく笑っていた。 よく判らない冗談を何度も繰り返し
自分自身でウケていた。

考えてみれば、確かに彼は「何かオカしい」青年だったのだ。

でも、それをいままで全く意識せずに楽しく付き合っていた私って何?
まあ、いままで自覚がなかったが “そういう” ことなんだろうな、
っと思い、その当時はぞっとした。

でも、その当時の自分を今思い返してみると、全く違う感想を抱く。

  何が問題だったというのだろう?  ・・・・何も問題ではなかった。


彼はいつもハッピーだったし、ピースフルだった。
その彼に付き合っていた私もまた、やっぱりハッピーでピースフルだった。

 そこには何の問題もなかった。

不思議なのは、それ程までに長い交際期間がありながら、彼とどんな
やり取りをしたのか?  ・・・いま、全く思い出せないのだ。

きっと、「ハッピー」で「ピースフル」な体験というのは、そういうモンなの
かもしれない・・・・   記憶中枢を素通りしてしまうモノなのかも知れない。

わたしは、小学生の時、遅刻の常習犯だった。
どれ程母が早く家を送り出しても、すぐ近くの小学校へは遅刻していたそうだ。

業を煮やした母は、私がどの様に登校しているのか?
後ろをそっとあとから尾行したことがあったそうだ。

母の探偵の結果の報告はこうだった。

   「確かにあんたは学校の方には向かって歩いて行った」

   「でも、途中の道の家の塀に見とれたり、ドブを覗き込んでいつまでも
    座り込んでいた」

   「あれじゃあ、どんなに早く家を出しても遅刻するわけよね」

それらの記憶も、全く今の私にはない。
小学校の時は、両親は私が特殊(知恵遅れの)学級に編入されないように
担任の先生に必死に直談判に行ったこともあるそうだ。



そう、   あれは「恍惚の時間」だったのかもしれない。
       あれは「光に包まれた時間」だったのかもしれない。


そんな風に、朝目覚めた寝床の中でうつらうつらと想いを巡らせた。


和尚ネオタロット:22.Innocence
   イノセンス(無垢)
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)




  さらに、いままでの全ての人生、昨日までの全ての人生を思い返してみた。

  すると、確かに、辛いこと、不安だったこと、孤独に際悩まされた、
            気の遠くなるような長い時期は(記憶は)存在している

            ・・・・が、それらがまるでウソ(仮想現実)のように感じる。

            全ての過去の記憶が、光に包まれていくように感じた。

       そして「辛かった」という記憶を思い返してみると
       それらは確かにバシャールが指摘したように
       「今の自分ではない何か」になろうと焦っている時だった。

和尚ネオタロット:24.Misuse of Power
   力の誤用
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)




Devil(悪魔)という単語のスペリングはLived(生かされた)の逆である。
evil(邪悪)の正反対がlive(生活)・・・・・

「生」の反対とは「死」ではないのかも知れない。

「生」の反対とは、
「コントロール=支配」
「(羊飼いと羊-のフリをした-)師従関係」
「いまここの自分を許せない焦り、精神分裂」
                             なのでは?



和尚ネオタロット:28.Self-Acceptance
   自分を受け容れること
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)




         でも、
       人間の脳とは、記憶とは、実に都合が良くできているものだ。

             あれほどの孤独の歴史、苦闘の歴史が、
                今はすべて恍惚の光の中に包まれていく。

      「辛かった」と感じたのは事実だ。
      起きた過去の事実が、書き換えられたわけではない。

      でも、それらの全てが、今は白光のスパークに満たされて、  見える。


  かように、 過去とは変更可能なのかも知れない。

  もちろん、 それは未来も変更されていくことを意味していると思う。


   光とは、  恍惚のことだ
   光とは、  祝福のことだ

   そして、 光に包まれることで、  過去も、未来も、まったく別のモノに・・・・

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自己受容と、自己責任というのがこれほどまでに近接していると言うことに
遅ればせながらやっと今朝気がつきました。

 あなたのまわりでも、
 「言っても言っても、どれほど親切丁寧に説明しても解ってくれない」
                     そんな人はいますか?

「山上の垂訓」(ありがたーいお説教)を聞いても、
おうちに帰ったら きれいサッパリ忘れちゃう、
サイコパスみたいな人、あなたの周りにいませんか?

   そいつらの正体が解っちゃったんですよ(爆)!

 結論から言えばかれらは、最初から説明を聞く気がないんです。
       理解しようと言うつもりはないんですよ~~~(驚)

ハアハアもっと言って


 だから、子供でも解るように嚼んで含むように説明しても、
  ケロけろり~んとしている。 

私なんかかなりのアスペなものだから、
こういった手合いの 正体を見破るのに
今日までかかってしまいました~~~てへへ!

アスペは言われたこと鵜呑みにしちゃうので、
ここまで時間がかかったんですよねぇ~~(弁明)


 「おお、私はあなたを偉大な人だと思います!」
 「あなたをわたしはマスターとして崇拝します!」

   こんな風に言われたら、もー要注意!!!
   それ、ウソですから!  鵜呑みにしないことね!!

『ああ遂に出会えた!あなたこそ“永遠の我が師”デスね・・・?』


そんな風に呼び止められたら、
全力で、  逃げてーーーーーー!!!!


ところが、その崇拝がウソであることを、
言ってる本人も気がついてないので 見破るのは難しいです!!!!

(獲物を騙すには、まず自分から、っと言うわけです)

(自分自身を欺いているのだから、これは確かに
 マジもんのサイコパスなのかも知れませんね)


「山上の垂訓」を請われて、一生懸命諭そうとしている
そこのアナタ!m9っ`Д´) 

 あなた!、  優しすぎます。 まじめすぎます。

  もっと自分を大事にして下さい!

『痩せたな トキ・・・・』
   ちょwww

     「まだ、」ってか、おいこら!

   ダカラぁさぁ~、
   死んじゃダメだってば・・・・(TωT)






かれらは斉藤一人が言うところの
“被害者吸血鬼タイプ”のスタンド使いです!!

“ボクチャン出来損ないの弟子”タイプです。  非常に厄介です。

【斎藤一人さん】 地球が天国になる話(劣等感の話) - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2138847531546544601

あなたが、優しく話せば話すほど、嬉しそうな顔をしますが
あなたの話、・・・・

   全く聞いていません

たとえ自分からあなたに教えを請うたとしても
理解するつもり、・・・・

   全然ありません。(キッパリ!)

「教えを請う」という露骨な方法を採らなくても
「私バカなんです、ヨロシク指導して下さい」と言わんばかりの
愚かな発言や態度、行動を何気にあなたにあ・え・て 見せてきます

                ハイッ! これ、 全部・・・
                (無意識的な)「釣り」デスから・・・・
                「構ってちゃんトラップ」ですから
                見抜いて下さい。

                 この、「弟子とマスター」ごっこしたがる
                 蛭(ヒル)のような奴に、言い渡すべきです。

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   「おわりだ・・・」


 ・・・・ 首、太すぎるだろ?JK
        トーテン・ポールかよ?


優しいあなたは、言いにくいかも知れません、躊躇うかも知れません。
「自分には受容性が足りないのではないか?」と、悩むかも知れません

でも、自分を大事にすることこそが、最大の自分自身への責任です
いつまでも相手を甘えさせないこと・・・・

それが、最大の自己尊重であり、
また、冷たいようですが、同時に相手の人生への尊重でもあるのです。

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あなたが突き放さなければ、あなただけでなく、相手もダメになるのです。

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互いに、不毛な羊と羊飼いごっこをやめて、
互いにもっと、自分自身の人生を有意義に過ごした方がいいのです。

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そういう相手を「見切る」ことが、自己受容である場合もあるのです。

あなたが、「山上の垂訓」を垂れている時、
ワザと相手を見ないで話してみて下さい。

大概相手は
「乙女座24度 メリーさんと、メリーさんの子羊」みたいに、
素直に聞いている(かの)様な態度を取っていますが、
フェイントでさっと相手の聞いている顔を盗み見てみて下さい。

すると驚くでしょう!
相手は、満足そうな薄ら笑いを浮かべている瞬間があります。

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そうです!   相手は聞いていないんです。

改善するつもりも、理解するつもりもなく、
ひたすらあなたの関心を自分に引き寄せることに成功して、
満足した笑いを浮かべているんです。

    この瞬間を見逃さず、
    相手の邪悪な微笑にシャッターを切ってください。


人間の正体

   これって・・・・
   男女の腐れた恋愛関係?なんかでも
   よくあるパターンだと思います。

  「うんうん、分かった」といいつつ、
  同じ事をグダグダ繰り返す関係のかなりは

                   ・・・このパターンだと思います。


 

Look at this !
見抜いて下さい!


あなたの貴重な時間とエネルギーを吸い取られないで下さい。

そうすれば、もはや二千年の間、雨後の竹の子のように発生した
キリスト教的なあらゆるカルト・・・・。

「救世主と信者」の関係
「Come follow Me(私に付いてきなさい)」という
偽善の歴史があなたの世界から消滅するでしょう。

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劣等感をひきずる子羊と、その指導者(引率者)との
苦難の巡礼の旅から、あなたは離脱出来るでしょう。

              これは、充分に“神秘体験”と呼び得る
                     ビューティフルな瞬間です。

彼らに対してあなたには、キリストならぬ、
サックリ「切り捨て」てあげる以外には、何ひとつ責任はない。


 


なまじOSHOの受容性を習得したいとまじめに思っちゃうと、
このあたり、大いに遠回りしちゃいますヨ~~~(笑) 

 OSHOのスケールの大きさをウカツに猿まねしないことです。

 そのあたり、単なるOSHOの読者と違って、
 実際のサニヤシン達はサッパリしています。  ・・・さ~すが!!



和尚ネオタロット:16.Imitation
              真似
(解説書はココをクリックすると別窓でテキストが開きます)




  つまりテイクサニヤスを出来なかった私にとっては、
  ちょっとヒトヒネリ必要な、これは結構難解な応用問題でした!

  実に長かった。  この51年間!!!
  (神父であった前世、シャーマンの女村長だった前世を
   合わせれば、もっともっと、気が遠くなるほど長い)

っということでこの件に関係するOSHOの言葉を引用をします。

あなたたちは私を
『光明を得てすべてを手に入れたマスター』
            だと思っているだろう?  でもそれは違うよ。

       私は全てを失った者なのだ。

あなたたちの方が、よっぽどいろんなモノを持っている。


イエスの言う「貧しい者は幸いです」というのは、
上記のOSHOの言葉の文脈から理解するべきだ。

文字通りの「資産、財産、動産、不動産」だと思っているアホウは、
とっとと、たひになさい!!


  「OSHOさんはいつからこんなお話しが出来る“能力”を
   得たのですか?」

そんな質問をしていた男もいたが、この質問で分かるのは
つまりは、彼の探求の動機とは
そういう“特殊能力”を欲しかった
と言うだけで
「全てを手放したい(Let it go)から」では決してなかった。

むしろ逆に、全てを掌握したい!!
人を魅了する特権的な能力を渇望していただけなのだ。



常に人からの期待に揉みくちゃにされ、圧迫されながら
生きていた男だったので、私を羨ましいと言っていたのは
本心だろうけれど・・・

「まあ、あなたのドライブする車の道、方向性は合ってるよ!               ・・・・・テールランプの方はね」
                            by OSHO

だからといって、心の解放を求めるのに
別に出家する必要など無い。

家族とも触れ合い、今まで通り暮らしながらも、
人の勝手な期待を振り払ってこころの自由を見いだすことは可能だ。

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それこそがOSHOの言うサニヤスで、人間関係の物理的な放棄ではない。

しかしそれには、非常にシャープな精神的動体視力が必要で、
かつ、勇気と根性(ガッツ)、そして覚悟が必要だ。

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彼は、それがないが故に、
いまも「イエスの再臨」の世界に縋(すが)って生きている。

いや、訂正しよう!

彼は常に誰かに期待し、何かに縋りついて生きてきたから

精神的動体視力も、
勇気も、
根性も、
覚悟も、
      ーーーー 自分自身に培うことに失敗してきたのだ!!!

彼が、何回もの輪廻転生で培ってきたのは
    911自作自演テロで多くを殺したジョージWブッシュのように
    おのれを無知、無垢、無力、無能なチンパンジーに見せかけて
    他人をコントロール(吸血)する為の狡猾さだ。

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クリシュナムルティーは言った。

私が誰かに道順を尋ねたとします

きっとその人は親切に教えてくれることでしょう

でもだからといって、『おお偉大なる我が師よ!』といって
ひれ伏し、その人に永遠の愛を誓うことはないでしょう

医療の世界以外に、
「他人を救済したい」などという
動機を持つことは不適切なのです。

メッセージの内容を離れてメッセンジャーが
崇拝される関係にわたしは疑問を感じました。

だから私は神智学協会を離れたのです。

(意訳)

クリシュナムルティ 「私は何も信じない」



わたしはこのクリシュナムルティーの言葉を支持する。

でも、OSHOはこの真理よりもさらに一枚上手な、老獪な包容力の人だと思う。

いつまで私はあなたたちに感銘を与え続けなければいけないのかね?

私の話に“感銘”を受けているようではダメだ。

わたしは、昨日とはなるべく矛盾した話をする様、
いつも心がけている

昨日は、「愛とともに人々と共にありなさい」と言い、
今日は、「一人の中に入ってゆきなさい」と諭す。

昨日はアッチへ、今日はコッチへ、そして明日はそっちへ・・・・

・・・あなたたちを小突き回す。

あなたたちには「済まない」とは内心思っている。
だがそうするしかないのだ。

いずれあなたは私の手を振り払って言うだろう。

「ああもう充分です。解りました!」

「もう自分で決めます!」

そうしたら、あなたたちはもう私の話に感銘は受けない。
もうあなたは、自分自身で歩いて行ける。

私の話は、自然に流れる滝の音(タキオン)のように聞こえるようになるだろう。


       ↑     ↑     ↑
上記の彼の言葉で、彼が
「すべてを失った者」であることが理解して頂けると思う。

彼が失った “すべて” とは、
高級な腕時計でもロールスロイスでもない。
美人のサニヤシンから得られる尊敬とケアでもない。

彼が失った最大のものとは、
「それらすべてへの獲得欲と執着=コントロール欲」なのだ。

なぜ?

彼はなぜそれらを
 “放棄(サニヤス)してしまった” のだろうか?

サイレントに入った彼の晩年においては、
側近・シーラ一派の裏切り劇などがあったが、
もし彼が “教団の最高責任者” であれば
そんなことは起きなかっただろう。

もし、“手綱(たづな)”を握っていれば・・・

つまりそれはあの「ラジニーシズム」の中心にあって、彼が
 “無” でありつづけたことの査証なのではないか?
と私は思う。

だからもし彼に「なぜだったんです?」と、いつかどこかでインタビュー出来たなら、たぶん・・・

  「え? 私に何が出来たというのかね?」

    っと彼は訊き帰してくる様にも思えるのだ。


あくまでも私見だが、スキャンダルとその後のCIAによって差し出されたタリウムを粛々と戴いて死んでいった彼の姿とは、「悪法もまた法だ」といって毒にんじんを飲み干したソクラテスや、十字架のイエス、そして御前会議で開戦を渋りながらも第二次大戦で「天皇陛下万歳」のかけ声を背負い続け、敗戦にあっては、まっ先にマッカーサの前に赴き、「私はどうなっても構わん、ここに皇室の有価証券等をまとめてきた」「どうかこれで天皇の名の下に闘い傷つき、餓えた国民を救って欲しい」と、命と財産一切合切を預けた昭和天皇陛下の御姿と重なるのだ。

彼が死の数ヶ月前に日本人のサニヤシンのすすめを受け取って「日本に貴重なソースを見いだした」と言った彼は、日本名「OSHO」を名乗った。

わたしの直接のグルとなったサニヤシン、マ・プレム・アニマは、バグワンの許で瞑想しながら、突如日本の昭和天皇の輝きをヴィジョンで見て、日本に飛んで帰ってきたそうだ。

この先の人生で、わたしはテイクサニヤスするかもしれないし、しないかもしれない。

        (いや、OSHOに
         招かれるかも知れないし、
         招かれないかも知れない、っと言うべきか?)

ある時はOSHOにぞっこんで精読するだろう

またある時は長い間、OSHOの本には触れることさえないだろう。

でも、それは上記の意味をふまえた上で、とても自由な気持ちで選択するからだ。




「今日の話、なげーな」

「あ~~でもイエス様、今日はなんかノッてるみたいだから・・・」

「うん、真剣に聞いているフリしなきゃ見限られちゃうよ!」

「センセー鋭いからなあ・・・」

http://livedoor.blogimg.jp/gocky_z/imgs/d/d/dd3c8def.jpg

「あ~~、でも、腹減ったなあ・・・・」「また、パン出してくれるんじゃね?」
「え?あのウワサってマジ?」「うん、もうセンセーの“救世主デビュー”
決まっているらしくて、世界中に広める為の台本書いてる人達がいるのさ
『水の上を歩いた』とかサ・・・・有ること無いことSFX効果てんこ盛りで
華々しく書き立てているそうだゼ!」

「ほら、こないだ話し聞きに来ていた茂さんちのジョージってあほずら・・・」

「あいつ熱心にセンセーの話、メモっていたろ?・・・」

「あれ!、茂さんちっていえばセンセーがいつも糾弾している
 ファリサイ律法学者の家じゃね???」

「しっ!声がでけえよ!  センセーに聞こえるじゃねえか」

「まっ、だから台本を書いてる“一味”ってのが何奴等(どいつら)なのかは、
・・・・お察しだよな」

「もちろん、センセーの大人気感動名言集に、神がかった奇跡エピソードや
自分たちに都合の良い発言をちょろちょろでっち上げて差し挟めば
救世主伝説が一丁上がりというわけだ!」

「センセーさあ、ジョークも一杯話すけど、そういった部分は全部カットだってよ」

「えぇ~~~!?センセー、ユーモアセンス最高なのにぃ~~もったいない」

「『救世主はシリアス風味がいいから』だってよ! で、ここだけの話、
・・・いつ頃十字架に掛けられるかも、もう日程決まっているそうだよ」

「え~~~!まじかよ!センセーいい人なのに、チョー可哀想!!」

「じゃあ、もう俺たちセンセーのお話、聴けなくなっちゃうじゃん!」

「格好の寝物語だったんだけどなあぁ・・・」

「こないだ神殿で両替の出店ひっくり返された恨みをそう晴らすのか?」

「やっぱモノスゲーずる賢い連中だよな!」

「で、“全人類の罪を背負って天に召された”というのが
クライマックスのオチらしい・・・」

「ちょwwwそれって、熱い展開の感動歴史大作じゃん!」

「うっはwwwww  それ読んでみてぇーーー!」

「“ボケて”でも殿堂入り確定?」

マツケンサンバ Image00165






「あなたに失望しました」という言葉を
最近ある人物に二度ほど浴びせられた。


何故、わたしに失望したのか?

それは私に何かを“希望”したからだ。

希望や期待がなければ、失望はあり得ない。


和尚ネオタロット:
47.Hope    希望
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では、“希望”、“期待”とは何か?

それは、
「あなたはかくあるべきだ」
「世界はこうでなければならない、ああでなければならない」

という、思い込みだ。

   つまり、これこそが新世界秩序(NWO「かくあるべき世界」)だ。


結局のところ、イルミナティーと同じ精神構造なのだ。

そういう人間が寄り集まって、イルミナティー支配を可能にしている。


  「かくあらねばならない」 と思い込んでいる人間は、
   人々の気持ちを尊重したい、真に民主主義的な
   心優しい良心的な治世者にとっては、実に困った人達だ。

    社会を扇動して、やれシステムをこうしろ、やれ制度を改革しろと
    社会をこねくり回そうとする。

    ・・・・しかもそう叫ぶ当の本人たちでさえ、
       本当のところ、何が正解なのか分からずに叫んでいるのだから。



  でも、イルミナティーの様な、

  秩序破壊による漁夫の利を得ようとする
   ファリサイ学者の末裔の様な連中にとっては、

一見自分たちに敵対している、この革命まつりが大好きな連中は

               子分も同然である。


つまり、結局のところイルミナティーを悪のラスボスのように目の敵にしても
本質的な改革は不可能なのだ。

それゆえにフルフォードも転(こ)けてしまった。

  「悪魔主義者の連中から金融システムを取り上げて、
   もっと民主的な新しいシステムを作りましょう!!」

   「で、その民衆の代表の主導者ってどいつよ?」

    「中国のブラック・・・いや、名を改めてホワイトドラゴン・・・」

            以下略)

あなたは期待に胸膨らませて、

誰か指導者を、
誰か超人を
誰かマスターを、
誰かイエスの再臨を

        待っているかも知れない 出会いを探しているかも知れない

でも、そんな「期待に胸膨らませた」人は、
例えホンモノのマスターに出会っても理解出来ない。
例えホンモノの救世主を目撃してもすれ違う。
例えイエスの再臨に立ち会っても、
          ・・・たぶん彼をもう一度磔刑にかけてしまうに違いない

和尚ネオタロット:11.Ordinariness
   普通であること
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   /__.))ノヽ
   .|ミ.l _  ._ i.) ニーチェイズム(超人志向)、
  (^'ミ/.´・ .〈・ リ  ダーウィニズム(進化論)、
  .しi   r、_) |  マルキシニズム(共産主義)は
    |  `ニニ' /
   ノ `ー―i              わしが育てた  by シオンの議定書




イエスは、「カエサルのものはカエサルに返せ」と言った。

   どんな時代にも支配者はいた。
   どんな時代にも暴君はいた。  横暴な権力者は今もいるだろう。

  そんな連中に逆らって(税率をどうするこうすると言った)別のシステムを
  作ることが解決なのでも天の御国の実現にもならないと言ったのだ。

ところが、スピリチュアルを自称する人達さえ(いや、むしろそういう人達が
率先して)、新時代の金融システムの改革が云々と言っている
「早く今の金融システムが終わるべきだ」と口をとがらせる

そんな女性指導者の話を聞いてみると、
「税金も払ってない」そうだ・・・
「天皇はさらってきた子供を晩飯にしている」んだそうだ・・・・

          ああ、  なるほどね・・・・


イエスは「明日を煩うな、野のユリを見よ」と言った。

イエスの再臨であるジョン・レノンはイマジンで
     「人は生きる、その日の為に」と謳った。

これは同じ言葉だ。 
私がかれ(ら)を最も愛して止まないポイントはこの静かな言葉だ。



  ※ ジョンレノンが
    「俺たちはイエス・キリストよりも有名だぜ」
    「キリスト教は消滅するだろう」     という、有名な、大胆な発言は、

    
「私(イエス=レノン)は帰ってきた(再臨した)」  と宣言しているように私には聞こえる。

でも、改革やらコントロールやらシステムやらに取り憑かれてしまった人達は
「野のユリを見てご覧」っといった静かな言葉を簡単に曲解する。

   真実の言葉とは
   いつも繊細であるが故に簡単に曲解しうる。

   ・・・・いや、“目的”の為に、彼らは意図的に湾曲させるのだ!

真実の言葉には無限の美のパワーがある故に
この心の良薬は、意図的な湾曲によって、恐ろしい猛毒に変わる。


マハトマ・ガンディーも指摘したように
(アンチ・キリスト的、・・・ 否、アンチ・イエス的な)
          これらの猛毒が、欧米キリスト教の真髄だ。

          世界の植民地支配を目論んだ白人侵略文明にとっては、
          「ナザレのイエス」という人物よりも、彼の真意よりも
          彼がキリスト(救世主)であるかどうかと言うステータス
          十字架のドグマの方が、遙かに大事なのだ。

       イエスは、いつ?自分で自分をキリスト(救世主)だと名乗った?
       “無”を悟った聖人は決して自分自身を指さして
       “ブッダ”だの“キリスト”だのとドヤ顔で言うわけがない。

       だって、無とは定義に縛られることを嫌うからだ。

       だから、彼らが立川で大家の顔色をうかがいながら
       アパート暮らしをするなんて言うことだって有り得るのだ。


       
「野のユリ」のようなエピソードも、

  「裕福さは邪悪、清貧に甘んじてその日暮らしをするのが聖人」

                  というふうに曲解されうる。

そして、イルミナティーの劣化コピー(ユダヤ陰謀論)みたいな連中というのは、
己の「社会改善への強迫観念」ゆえに、
    極めて感受性が鈍く、
    理解力も恐ろしく低く
    そして独善的であるが故に、

  カンタンに“曲解”の方に   --- 洗脳され、飛びつき、取り憑かれる。


自分勝手な“聖人像”を作り上げる。
そして、その“偶像”を勝手に他人にあてはめて希望したり、失望したりする。

最終的には、彼ら自身が、イエスのような人物を「裏切り者」として磔にする。

  偶像崇拝とは、まず心の問題なのだ。
  わたしは、(たぶん、ウサマ・ビン・ラディン師も)
       そんな「死の崇拝」(ダース・ヴェイダー)は受け入れがたい

   何もしていないつもりでも
   暴力的な精神構造が同じと言うことは、同罪なのだ。

   それに気がつかない鈍感さと言うのも、同罪なのだ。


話を「イマジン」に戻そう

「国境も、宗教もなく、ぽっかりと唯々青い空があるだけ・・・・」

この歌詞を聴いて、ジョンレノンはイルミナティーの手先だと糾弾する人も多かった。

そういう人はやはり、かなり感性が鈍いと言わざるを得ない。





この「イマジン」という曲全体の、スローで、静かで、優しさに溢れた雰囲気を
一体どうやって聞き逃すのか?  私には信じられない。

ジョンレノンは、社会を動乱状態にして
ロシア革命やフランス革命や、文化大革命のように、
政府の要人を血祭りに上げて、無秩序の血の祭典をやろうと
アジってるのだろうか?

--- システムを改革しよう、いじくり回そうと叫んでいるのか?

そして国家体制を転覆させよう、それで新世界秩序を樹立しようと???


このイマジンを聴いて、そう聞こえる人は、そうとう

         ,,-‐----‐、 , -'"` ̄ ̄"`''-,__, --‐‐-..,
        /  、゙ヽ、 ‐-'´          ヽ‐- / /   ヽ
      ,/´ .., ヽ,,l_)'    zェェェァ'  ;rfァt ヽ ,ト/ /    ヽ
     /    ヽ,r' ,l′    _,,,   . __,,  ,l゙.-〈__r,'、   ヽ_
    _.l    ヽ」   ,l    .イてソ` l イにj`,/    ゙‐ヽ、_,,  /l
    ,l l|  -'´ll   ,l      rソi"  ヽ じ'' f゙l    .,//゙l   //\
    l`l|     l|ヽ  v'⌒ヽ        .,ノ  j/    |l    //   }
   l  \    l| ,l  l_U>     r‐--‐ァ  ,l    |,l   //    l
   /   '\   l|`l   ゝ_,´    ゙ヽ__r′ .,.'   ___l ヽ //     |
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     ヾ              ヽ     ヽ   ヽ  /    ,l
      ヽ、             ヽ     l   } /    ,r′
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              あたまおかしい

彼はそういったパラダイムから抜け出そうぜと謳っているのだ。

「野のユリを見よ」

「ぽっかりと青く広がる空を見て見ろよ」

「ほら、あそこにさえずるヒバリを見て見なよ」

「何もない、何一つ着飾っていない、煩ってはいない、
                     何一つ構えていない


  イエスが言っていることも、レノンが指し示していることも

           “無”   そして   “無限”  だ

         “無明”   から   “自明”  へ

疲れた人のための風景画像 thum010mai480303


グレンとひっくり返す369の世
そこには時間は必要ない。

ただし、「社会を」ではなく、 「わたし」や「あなた」を、ひっくり返すのだ。

何の構えも、ハンドブックも、六法全書も持ち歩かずに
その瞬間瞬間に対応していけばいい。

システムや、制度や、教典、信条に  ・・・・ 「使う」のは良いが頼ってはダメだ!


私には彼(ら)がそう言っているようにしか思えない。

イエス~レノンとは、“無”を見いだした人なのだと、私は確信している。


「NWO」は、滅ぼすべきものではなく、廃れさせるべきものだ。

代わりにこの記事の終わりに、「PWP」という新語を提案したい


Present_World_is_Present
 「今この瞬間の世界というのは贈り物」

太平洋の早朝

名前はまだ無い。
・・・今後も必要ないかも知れない



無知故に自由である

もし、色々知っていたら、自分の試行錯誤と直感が
実は古代インド哲学と一致しただなんて
素晴らしいハプニングを体験することは出来なかっただろう。

無知故にあらゆる定義や既成事実からも自由である

何か素晴らしい真実の過去の発見や発表とわたしの
発言が一致して、それで盗作だと言われようとも、
それは事実ではないことは自分自身が知っている。

事実私は知らなかったのだから・・・・
にもかかわらず、古代の聖なる英知と合流出来たとしたら
何と素敵なことだろう!!


私自身の意識とは最大の謎だった。

きっとあなたもあなたも、あなたも、やっぱり自分という意識の存在が
最大の謎であり、恐怖であり、未知であり、神秘ではないかなと思う。

そして、わかった

この最大の謎、最大の神秘が、実は全ての解答だったと言うことだ。

それ以外はあり得なかった。

「自明である」と言うことが、最大の謎であり、解答なのだ。
「自明である」と言うことこそが、「無明」への最大の解答だ。

時間をかけては絶対に解明出来ない謎、
それが「私は在る」ということ。

そして、「わたし」とはゼロ次元であると言うこと
それゆえに、私には境界線が存在しない
でもそれは、わたしが全知全能であるという意味ではなく
わたしが、なにひとつ断言出来ない存在であることを意味する。


わたしはあなたが何を考えているか解らない
わたしにはあなたはコントロール出来ない最大の未知だ

わたしはあなたを知らない。

あなたはわたしと境界線なき存在であるのにも関わらず

わたしはあなたを知らない。

わたしにとって、もうひとりのわたし、つまりあなたは最大の神秘

きっと「距離のある1次元世界=汝が居る世界」を私がある日望んだのだろう

それがいつだったのかさえ忘れたが・・・・

きっと「広がりのある二次元世界=我々がいる世界」を、我々自身が
望んだのだろう

きっと「天と地の階層がある三次元以上の世界=あらゆる可能性の我々」が
同時存在しえるスペクタクルな多次元世界を私たちは手分けして創造しはじめた

あなたが私を殺すかも知れない世界。

わたしが時空を超えて誰かと
          出会えるかも知れない、
          解り合えるかも知れない世界。

       この「絶対に夢とは見破れそうにない世界」を
       もう長い間蓄積してきた・・・・

       この多重に重なる夢の世界、官能と苦痛のかくれんぼ世界を
       わたしたちは、今この瞬間も楽しんでいる

我が輩は無知である。
その自覚ゆえに人生は愉快だ。
すべてがアリスのワンダーランドだ。

映画「マトリックス」では、高速度で演算シュミレートされた世界の中で
人類が金魚鉢の中の金魚の様に〝養殖〟されている悪夢が描かれていた。

コスミック・トリガー―イリュミナティ最後の秘密
ロバート・アントン ウィルソン
八幡書店
1994-04


           「我々は“飼われて”いる」

私はまだ見たことはない映画だが、「インセプション」という最近の映画では
さらに、夢が何階層にも重なっている描写があるそうだ。

つまり、夢から覚めたと思ったら、それもまた夢だったという話だ。


  これらの映画の世界は、それでもまだ、“サイバーパンクだねえ”と、
  あくまでもSF世界として“面白がられて”いるだけに過ぎない。

  最近、イギリスの科学者だか科学誌かなんかに、

  「我々の住んでいるこの世界は、どおやら数百年後の
  コンピューター・シュミレーションの中の様だ」

  っという話が掲載されたらしいという話題を見かけた。


 それでも、まだまだ、これは人々の間では仮説という段階でさえ
 捉えられていないヨタ話扱いなのではないだろうか?


 わたしは、このブログで何度か「その疑いがあるだけで充分だ」という
 表現を、かなり意図的にしてきた。

 その最たる“疑い”というのが上記のマトリックス世界観だ。


バシャール -BASHAR- 2009/9
 ファースト・コンタクトとその後について


バシャール -BASHAR- 2009/9 ファースト・コンタクトとその後について


オリジナル翻訳字幕=平山 由紀子/地球人のためのスピリチュアル・レッスン☆VastStillness: http://yukiko.vastill.com/4/


     字幕編集zowgenジャンプ先はワークショップ動画= sm3013163



ここでバシャールは「あなたたちは制限世界の博士号を取得しようとしている」
と称賛してくれている。

改めて・・・この「制限」とはなにか?問うてみたい

そりゃああるでしょ?  重力とか、貨幣経済とか・・・イッパイ
そりゃあもう地球は    ・・・制限だらけ(笑)

でも、もしかしたら、最大の制限とは、わたしたちが一番疑っていないこと

    ・・・・かもよ?

つまり、唯一一番疑いにくいこととは

「この制限世界は現実ではない、仮想現実なのではないか?」ということだ。

確かに、最近のIT技術の進歩によって、カクカク動くネトゲ世界の廃人が
社会問題になるぐらい、仮想現実に精神が飲み込まれることが話題にはなるけど
だからマトリックスの様な映画も「空想可能」になった。

「でもあくまでも空想話でしょ?」

「いくらコンピューターの発達がめざましいとは言っても、
  この今見ている世界までもがリアルじゃないだなんて
                ・・・頭イカレてるんじゃない?」

ほとんど誰もが、そう思ってるんじゃないだろうか?

その最大の原因は、この世界のあまりにも緻密さ、
肉体に備わる五感で感じ取ることの生々しさ・・・

これほどまでの凄まじい情報量を、シュミレーション出来る
演算装置・・・つまりコンピューターの可能性を、到底想像出来ないからなのだ。

自分の身体の体毛一本に至るまで、目くそ鼻くそ一つに至るまで、
この世界のチリホコリ一つに至るまで、....いやいや、それを構成している
分子レベル、原子レベルまでが、ずぇ~~~んぶシュミレーションだって?

オナニーしたときの快感までが?


                          ・・・んな馬鹿な!あり得ない!!

いくら、高速演算が出来るとしても、そんなの想像も出来ない!

    ごもっとも

第一、万が一それが可能な演算装置が未来に可能であったにせよ
(本当はその、私たちから見た“未来”が、本当は現在で、
わたしたちが2014年だと思わされているだけだとして・・・・)

   ・・・・じゃあそんな莫大な演算の為のエネルギーは何の為?
             わたしたちにこんな緻密な夢を見せる“目的”は何?


   これらの疑問は、「高速な演算」という概念自体を越えることで
    解答し得る。


    まず、これほどまでに超高速な情報処理装置が存在し得るか?
   っと言うことに関すれば、実は<ある>のだ。すでに!

    それは、<あなた>という意識そのものだ。


   ファ?  そんなばかなだって?

   確かに私たちの表面意識は、2~3桁の四則演算をしようとするだけで
   「う~~ん」となってしまう。

   でも、いまあなたが見聞き、感じている世界とは、あなたの脳が五感情報を
   一瞬に統合して得られた結果だ。

    ・・・如何に莫大な情報が捌かれているのか?あなた自身さえ把握していない

     「あなた」という表面意識が捉えている、把握している情報とは、
    あなたが実際に、瞬時に捉えている莫大な情報のホンの一部に過ぎない。

   体内の皮膚感覚やら、血流の感覚、脳内の血糖値が下がることによって感じる
   空腹感・・・・  これらのプロセスのどれ位までをあなたの表面意識は
   把握している?  ・・・・身体の内外の様々な出来事、これらすべてだ。


   人間の脳が、それ程までに凄まじい能力であるとして、
   じゃあ、これらの大脳の進化は、偶然の重なり?

   もしそうではないとしたら、(必然だとしたら)この自然の進化の過程で
   人間の大脳までを作り上げた“宇宙的意思”って何?

   つまり、これはもう、「演算」というレベルというか、概念を越えているのだ。



   「演算」とは、インプットがあり、アウトプットがある。その間には
   「演算過程」がある。

   「演算過程」には、どれほど小さくとも(高速であっても)どうしても
   時間が必要だ。

   これら、全宇宙で同時多発的に同時進行している様々なプロセスは
   どこかで集中演算して、その結果をフィードバックしても

<到底間に合わない>
<光の速度でもぜんぜん間に合わない>


となると、そこにタキオン(滝音)粒子の様なものを想定せざるを得ない。

つまりは、物理的な因果律を越えた無限速度での全宇宙の統合調和だ


   これこそが、<私たちの意識>そのものではないか?

いや、それ以外の可能性があるだろうか?


つまり、私たちが今見て、体験している世界とは、
私たち自身が創造、生成している世界というわけだ。

マトリックスで、人間を“飼っていた”のは、コンピューターだったが
この現実世界で、制限を与え、・・・

    人間の意識であるわたしたちに
制限世界のリアリティーの夢を見させているのは、
           わたしたち自身である    ・・・可能性が極めて高い。

夢を見ているものと、見させているものが、同じなのだ。

つまり、意図的に夢を見させているとしたなら、
つまりは、これは自分で作ったゲームに、自分自身が潜り込んでいる
と言うことになる。

こうなってくると、寿命の意味も理解出来る
つまり、確実に覚醒する為に人体という夢のカプセルに仕掛けた
タイマー・・・・  それが“寿命”だということになる。


なぜ、ヴィパサナが瞑想の中でも、もっとも重要で基本的と見なされるのか?

つまり、呼吸とは「自分の様な」「自分じゃない様な」表面意識と潜在意識との
中間的な共同作業としての色彩が強いからだ。


じつは“なにげ”な意思決定のほとんどは「自分の様な」「自分じゃない様な」
部分でなされている。

でも、日常でそれに気がつくことは少ない。
つまり、表面意識と潜在意識とは「分離している」という「思い込み」で
わたしたちは日常暮らしているのだ。

「覚醒」というと、わたしたちは夢から覚めて活動している日常をイメージする

ところが、OSHOやその他、“覚者”と呼ばれる人達が指し示す“覚醒”とは
むしろ“夢”と“現実感覚”との中間的なトランス状態を指し示している様に感じる。

「俺がやっている」という責任者的自覚とは、むしろ「幻想だ」と覚者は言う

むしろ「存在に身を委ねなさい」という。  「そこに覚醒がある」っと。

つまり、「えーっとぉ・・・」  っと、必死に解答しようとしている「わたし」こそが
幻想と言うことなのだ。  それは「演算」の世界だ。

「演算」を越えた「コール&レスポンス」こそが
「無」と「無限」とのキャッチボールなのかもしれない。


あなたという意識は、“彼方”から来ているのかも知れない
あなたという意識は、すでに「死を越えた向こう側から」来ているのかも知れないのだ

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