友人への私信

あなたの今回の決心には
たぶんいろいろ想うところあるでしょうね

でも今のあなたは、ひたすら身軽になって自分自身の本音に
集中するべき時ですからね

私は誰に対してもよりエゴイスティックになることを支持します

つまり人が周囲の意見を気にしたり体裁を気にしたり気遣ったりした結果
自分自身の思いを犠牲にすることが美徳だった時代は終わったと思う

それは「天皇陛下バンザイ」といって敵艦に突っ込んでいったカミカゼで
終わりにするべきだよ

彼ら(私たちの祖父の世代)にはとても感謝しているし、
彼らが見せてくれた日本人の怖さ
最後に本気にさせたときの日本人の覚悟というのは、
平和ボケしている様な今でも実はちゃんと受け継がれていると思う

でも日本の敗戦は、人類全体の「進化のステージ」を、もっと『個』を
尊重する方にシフトしたんだと思う

それが「天皇陛下の人間宣言」だったとオレは思う

この宣言によって、日本人は自分自身を尊重できるための成長を
余儀なくされた・・・・  旧世代の人達には「単なる我が儘」なのだろうが
敵艦に飛び込むという以上の勇気を今の若者は必要としているのだと思う


このことをブログに書いたらあなたの理解のお陰もあり
その記事を読んでくれた人は私のブログの記事としては飛び抜けて多く、
28も「いいね」が来た

ご存知の様に「いいね」をなるべく気にしない様に書いては来たけれど
これには驚いた

でもそれは「ウレシイ」というよりも「複雑な気持ち」だったんだ

おれは日本の神道と天皇陛下に敬意を払い続けたい人間だから
部分的であれ「天皇陛下の役目はある意味終わった(のでは?)」という
仮説を出したときは、我ながら正直、傲慢ではないのかと思った

(最初にこの考えが出てきたのは2012年)

日本は天皇の祈りに守られている
松浦 光修
致知出版社
2013-08-10



でも最近
その考えを後押しする様な記事も出てきて
(皆神山の話=つまり『みんなが神だ』ということ)、
「やっぱそうか」っとおもった

たぶん天皇陛下ご本人の想いとも、きっと一致しているだろうと
意を決して書いたことなんだよ



たぶん、多くの個々人がこれから、
オレと同じような不安と闘い、戸惑いながらも

「天上天下唯我独尊」というのを
万人ひとりひとりのための言葉であると理解していくだろう
そして多くの人が勇気を持って選び取って行くだろうと思う・・・

この宣言は
ゴーダマ・シッダルータ個人のエピソードとしてではなく
誰にとってもエンライトメントへの道なんじゃないかとおもう

    ・・・・遅い早いはあるだろうけれどね

この宣言が如何に怖いことなのか?

おれもそこを通ったからよく判る

でも誰もが通らざるを得ない

このまま付和雷合、金魚のウンコみたいな日本人じゃダメだ
ひとりひとりで決定し、生きるリスクを追っていける自立した日本人
じゃなきゃ責任追及の堂々巡りで、もう時間切れだと思う

医療の問題でもそうだ

利権とその為の権威漬けの医者では、生かされても殺されても浮かばれない

でもそれは医師が悪いのじゃなく、医療制度が悪いのでもなく

医者に言われるままにありがたがって、すがって医者のなすがままに
実験体にされてきた国民ひとりひとりの責任 (無責任) なのだと思う

まあだからもう過去の責任追及はあまり意味がない

夫婦関係にせよ、他の関係にせよ、協力し合えるところは協力しつつ
相互に依存しつつでもいいが、それらの運命の「継続か?改善か?破棄か?」
という選択は、個々人の瞬間瞬間の意識的な自己責任だってことだ


自分自身を徹底的に尊重できたとき、初めて自己責任という言葉に
意味が出て来る

そしてそういう人間だけしか、他者を本当に尊重し合った時代と社会は
作れないというのが単純な真理だと思う