『死』は明日来ない
今この瞬間に死ねるかどうかだ・・・

いままで、人は死に神に追いかけられてきた
でも、死に神を追い回す(笑)時代が来たのだ

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 人は変わるものだ

  刻々と生まれ変わるものだ

   そういうものなんだ


 「そんな事知ってるよ!」
       とお叱りを受けるかも知れない

  ま、スピ系の常識ですね


   じゃあ、「分かっている」あなたに訊くけれど

   あなたは、人の心変わりを、   ・・・・許せますか?

   昨日言ったことと、今日言っていることとが正反対だとして
   その人の矛盾を許せますか?

    もちろん、金銭が絡んだ様な契約だとかで、
    甚だしい矛盾をされてしまっては誰でも困る

     社会秩序に混乱をきたす様な支離滅裂は困るけれど
     でもそれでさえ、そうしている本人の自己責任だとしか言えない

      もちろんそういう人物はそれなりの制裁を受けるだろうし
     信用を失うだろう。

     ヘタすれば、詐欺罪で有罪だろうし、個人レベルでも
     人間関係は破綻するだろうし、最悪は刑務所か精神病院だ


      それを本人が覚悟の上ならば、致し方がない・・・・


  そういった社会的、道義的責任追及は別として
   人とは気分、気まぐれの生き物だし、自己矛盾した生き物だし、
         自分勝手なものなのだ・・・・   それを許せるだろうか?

私は斉藤ひとりさんの言葉に多くのヒントをもらったけれど
「(自分や他人を)許します」という言葉の推奨にだけは引っかかりを感じる

なぜなら、
もともと許す、許さないという許可があって
世界や人々が存在している訳ではないからだ



だから、「許します」だとか「どなたさまですか?」だ・・・・
言葉で宣言する必要は無いと思う
ただ、微笑んでいればいい



   ・・・・それでどんな「良いこと」が有るのかと言えば、
       (斉藤ひとり風の口調で) 「奇跡が起きます!!」


    ・・・・・どんな奇跡なのか?っといえば、
         「自分自身から、自由になれます」




自分の過去、
「自分自身は〇×である」という鎧、型、つじつまから
自分自身を解き放つことが出来ます・・・・


   ・・・・わたしは、人間にとって大切なのは
          「生まれ変わり続ける自由」
          「過去の自分を脱皮し続ける自由」だと思う

   人は、「自由」と聞けば大抵は、「選択の自由」しか思い浮かばない

       なぜならそれしか思い浮かばない様に
      マークシート方式で洗脳されきっているからだ

     消費者としての自由しか、日常生活には見当たらないからだ

      チョコレートはロッテか?明治か?

      カレーはハウスか?SBか?

    そして、なぜそんな退屈な、腐った日常に嵌っているのかと言えば
   「自由とは、欲望の充足」なのだとしか思っていないからなのだ

でもそれらは、みんなマトリックスのプログラムだ

   自由の本質とは、
    「自己矛盾を恐れない=(大げさに言えば)狂う自由」
                     にあるのだと思う


人生の瞬間瞬間をフレッシュに出来る可能性はここにしかない


    「わたしは在る」  っと言ったとき、世界はスパークする

           激しい閃光(フラッシュ) が一瞬で世界を産む

    「わたしはない」  っと言ったとき、世界は漆黒の闇に覆われる

            安らぎに満ちた「静かさ」だけが無限に広がる


        この「銀河鉄道の夜」の中で目撃している
               永遠にリフレッシュされ続けている
                 幻灯三次元立体映像が、私たちの知覚世界だ


         わたしとは・・・・  明日死ぬのではない

          そもそも「死すべきわたし」とは?

           「在る」ともいえるし「ない」とも言えるのだ









33.Rebirth/Moment-to-Moment   再誕生/瞬間から瞬間へ

あなた自身の感じていることが完全に正しいとされていて
--しかもあなたが、自分はまったく正しい! と感じている--
そのような状況においてすら、それでもなお、これまでにあなたが
知ってきたあらゆることを超えているなにかの可能性に対して
開いていましょう。過去の体験から飛び出して、まったく新しい
次元に飛び込むことです。


 仏陀が光明を得て、最初にしたことは、
自分の家族のもとに帰ることだった。
そうすることで、なにが起こったかを
彼らが知ることができるように……。

そして、以前自分が愛していたそれらすべての人びとを
彼が思いだしたというのは、自然なことだ。



 だが彼の妻、ヤショーダラは、非常に怒っていた。
それもまた自然で、人間的だ。

ある夜、この男は、行くということを告げることすらせずに、
突然逃げ出した……。その傷は深かった。

そして、あなたは驚くだろうが、
その傷は、ゴータマ・シッダルタが彼女を
置き去りにしたからではなかった

       --それは問題ではなかった。

彼女はこの男を途方もなく愛していたので、
もし彼が自分の内的な探究のために森に行くことを
望んでいたのなら、彼女はそれを許していただろう。


  傷は、彼が彼女になにも言わなかったことだった。

彼が彼女を信頼していなかったことだった

       --それが傷だったのだ。


そのちがいを見てごらん!彼女は普通の女ではない。
これが彼女を痛めていたことだったのだ。



--「なぜ彼は私を信じることができなかったのだろう?」……。

そして、彼が着いたとき、突然、彼女は怒っていた。
彼女の怒りは爆発した。彼女は言った。

  「なぜ、あなたは私に言わなかったの? 
   私はあなたを妨げはしなかったでしょう。
   それに、あなたは私を知っているではありませんか
   --ほんとうによく知っているのに。


   私たちは何年もいっしょに暮らしたのよ。
   私が一度でも、なにかのことであなたの邪魔を
   したことがあったでしょうか?

   私はあなたをとても深く、とても広く愛していました。
   ……私があなたの探究の妨げになることはなかったでしょう。

   なぜ、あなたは私に言ってくださらなかったのですか?」


彼女は何度も何度も彼にたずねた。それから怒って、息子を呼んだ。

仏陀が去ったとき、その子は生後一ケ月にすぎなかった。
いまでは彼は十二歳で、絶えずこうたずねていた。

  「私の父はどこにいるのですか?私の父は誰なのですか?」

彼女はその少年を呼んで言った。

  「ラーフラ、この人があなたの父親です。
   彼は臆病者のように逃げたのです。
   この人があなたに生を与えたのです。
   さあ、財産を譲ってもらいなさい!」

彼女はあざけって挑発していた。
仏陀はいまや乞食だったからだ--

どんな財産を? 彼はいったいなにを得たのだろう?



そして、仏陀はどうしたか、わかるかね?
 彼はその子をサニヤスにイニシエートした。
 彼は、その子に自分の乞食用の鉢を与えて言った。


  「私はほんとうはこのために来たのだよ。

   私は見い出した。

   そして、私の息子にも見い出してほしい。

   そしてヤショーダラ、
   この怒りはもう終わりにしなさい。
   いまではもう意味がない。
   お前が怒っているその男はもういないからだ。
   私は死んで、再び生まれている。
   私はお前の激しい怒りを理解することはできるが、
   あの夜にお前を置き去りにしたその男はもういない。

   もう一度私をみてごらん!」

目は涙でいっぱいになっていたが、彼女は見た……そして認めた。
彼女の怒りはすべて消えた。彼女は仏陀の足もとにひれ伏した。
イニシエーションを求め、彼のサニヤシンになった。




          THE PERFECT MASTER,Vol.2,PP.208-210
       THE B00K OF THE SECRETS,Vol.5,pP197-200