これが、生物としての進化の最終段階の話しだと思う

爬虫類はタマゴで生まれ、はじめから自分自身のためだけに
生き、肉体は生命が存続する限り、巨大化していく

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哺乳類はそうではない

ある種のルール、ある種の暗黙の節度が支配している

哺乳類には「他者との協力、他種との共存、尊重」が芽生えはじめる


でもその尊重はあくまでも意識的なモノではなく半ば本能的な
プログラムからだ・・・つまり、これら「協力、共存、群れ化」は
あくまでも個体と種のサバイバルの為に芽生えた本能的な判断だ

そして、道具を使う「サル」の段階まで達したとき、
ケンカが強いボスザルという統率者を男系の柱とした社会、村が
いよいよ誕生しはじめる

きっと人間の先祖もこの中にいた

恐竜の時代程ではないにせよ
長い長い

「ケンカの強いボスザルが統率し、
その周りにメスと子供が取り囲む群れ社会」

             が続いただことだろう

  現代の人間社会であっても、ある程度この名残がある


しかし、
「強さ」の尺度は、
     単純な筋力、身体能力から
      テクニカルな能力へ
      そして文明的な弱肉強食から
      ハイセンスな民度、「誠実、責任感、公共意識」へ

        さらにそれはだんだんと
       文化的な「繊細な気遣い」へと洗練されていき
       それがあらたな「人間的強さの尺度」へと変わって来た

そのひな形は「天皇制」に始まっている
つまり、
「権力」とは機能分離し、そのバックアップに徹した
「象徴的な権威者」、純白の王=すめらぎの登場である

それゆえに天皇制とは「天と地を結ぶ柱」の象徴であり神主でもある
これが男系男子の意味だ

ボスザルの腕力が支配していた時代には、メスには選択権はなかった
他の哺乳類と同じように、まだ周囲は弱肉強食であり、自然の猛威と
気まぐれに翻弄され、そこから逃れるためのビルディングはなかった

つまり、「ケンカ=生命力が強い」という単純な基準で
メスはオスを受け入れるしかなかった

つい最近まで、農村社会において労働力にならない様な男子は
放逐され、のたれ死ぬか?、仏門に入るか?丁稚に入るか?といった
生家から切断された生き方を余儀なくされた

それのもっと徹底した光景が、ボスザルが支配する大昔にあったことだろう

つまり、統率者がメスを独占していた世界では、
その他のオスというのは全部、群れには居る場所がなかった

猿たちの天国である森から、かれらは出て行くことになっただろう
農村で、家督を継がない者が出て行ったのと大して変わらない光景だ

ただし、サルの時代はもっと絶望的な運命が「余り物のオス達」を
待ち構えていた

    ・・・・森を追われたオス達、かれらは二足歩行を余儀なくされた

    そうだ!!、
      われわれ人間という種族は、
      もともと「カモメのジョナサン」の様な
             「はぐれ者」から進化したのだ!!!!

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  ボスザルと、メス達と、ボスの子供達・・・  かれらはどうしたのか?
   かれらは   ・・・・今も森に住んでいる

  多くの若いオスの猿たちが孤独と絶望に涙を流しながら夕陽を
  見たことだろう・・・  翌朝までに、かれらは草原の肉食獣に殺された

  それでもかろうじて生き延びた雄の猿たちが、だんだん団結し
  集団で狩りをして、食料を手に入れ、ボスザルの集団から
  花嫁を強奪したことだろう

  (これが単調なボスザルの一極支配から略奪して欲しい
   そして何処か未知の世界に連れて行って欲しい、  と
    女が憧れる「壁ドン」の原型だ)



   きっとそれが
   草原を二本足で疾走する人間の若者達の姿へと
   変化していったのだと思う

    反逆の集団こそが、人間に進化し、新しい村落を作り
    自由な恋をし、男同士で互いのカップルを尊重し合う
    結婚制度が、形成されてきたに違いない

      ボスザルが全てを仕切るハーレムには
       結婚などと言う制度は必要なかったのだ

はぐれ者達の間から選ばれた新たな王は、
まず優しさ、寛容性が買われたに違いない

つまり、古代の王とは、優しく賢い村長(むらおさ)が進化したものなのだ
シャーマンをかねたそういう村長が、神話を語り、それが語り継がれた

ここまで進化して、
  初めて人類はサバイバルから離れた
   自由な恋が出来る様になっただろう

          『詩』が生まれた、『踊り』が生まれた

             豊かな個性が可能になった


恋人達の中心には、常に優しく微笑む、賢い村長がいて
各家庭には、尊敬され、手厚く待遇された老いた両親が居た

それは、
ボスザルの威嚇と監視と、血の粛清とは全く違った
情愛で結束した人間社会の営みが広がっていっただろう

そこで、
猿社会では決して得られなかった最大の開花とは
個性の尊重であり、個の生存権だった


わたしたちには、でもいまだ「サル的」な要素が残っており
こういった、個性の尊重というのは現代においてもいまだ
未完成ではある・・・・・

・・・・・これが完成されたとき、
この地球での生物進化の歴史は頂点を向かえる

それはもう、
     サバイバルからも、 腕力からも・・・

 そして   結婚制度という
     「愛の無期限保証契約」すらからも・・・・   解き放たれた

    ・・・・「全くの男女の自由意思による恋」   と

       「 『個』 の究極的な開花=光明(エンライトメント)」 である