あなたは

「あの時もし、こうしていれば、ああしていたならば・・・」 と
思い悩むことはあるだろうか?

私にはいっぱいあった

人はなぜ、過去を振り返り、後悔したりするのか?

その原因は、テレビドラマ「トリック」の上田教授が明快に教えてくれる

「トリック」の上田教授7

  彼(元ネタはジミーカーター)の言葉は正しい

どんな局面であろうと、もし「自分は精一杯やった」という思いがあるなら
たとえ残念な結果であれ「やむを得ない」と諦めが付くからだ


しかし、わたしは「何と言う絶妙なタイミング!!!」という出来事が
いままであまりにも多かった・・・  それゆえに“実力では気がつけなかった”
パズルを幾つも説くことができた

それは
単なる言い回しではなく「みんなのお陰」だと思っている

わたしと敵対し、もう二度と会うことがないであろう相手にも、
いや、むしろそういう人に対してこそ、・・・・そう思う。

だから、そのなかのいくつかでも言語化出来たものをこのブログで
「ご恩返し」したくて書いている要素がある


そこで、はっとするのは、こういった緻密な運命のスケジュールの計算をしているのは
一体誰なんだろう??  っということだ

到底私のお馬鹿なマインドには不可能だ

ヘタをすれば、全地球規模の人々の都合、社会組織の事情、動き、
いや、生物界全部、いや気象状況などの自然現象全てさえも、この
「運命のスケジュール」に組み込まなければ、こんな正確で緻密な計算は
不可能ではないだろうか?

だから

わたしたちはいろいろ「自分で決めている、選んでいる」と思って生きてはいるが
実際の所、それはとんでもない思い違いなようにしか思えない

私達の瞬間瞬間の「思いつき」ですら、この地球規模の計算結果の一部なのでは
ないだろうか?

  つまり言いたいのは・・・・

私達は、
知らず知らずに「ベストを尽くしている」のではないだろうか?
っということだ。

そうだとしたら、
「ああ、あとちょっとこうしたら助かったのに・・・」と言った様な後悔は
無根拠なのかも知れない

この見事なまでの存在のアレンジメントを何度も体感してしまうと、
もはや、「反省でさえ傲慢なのかも知れない」という思いに駆られる


でも、いわゆるハイヤーセルフが、「こう言う体験をさせて後悔させる」ということも
たぶん織り込み済みなので、それは一概には言えないのだが・・・・