We are all own definition

OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)やBshar(バシャール)を中心に 日々感じたことの防備録です

落ち葉をブロワーで集めていると、
まるで落ち葉が生き物のように見えることがある

 わたしたちは動いているものに反応する
 わたしたち自身が動物だからだ・・・

 植物は知識としては生物だと知ってはいるが
 一見まるで静止しているから気にも留めない
 その色彩や造形を見て、生き生きとした感じは受けるが
 我々と同じタイムスケールで変化する〝動物〟ではないからだ・・・

 だから植物に代わって蝶々や、その他昆虫が
 まるで「動く植物の分身」であるかの様に感じることが私はある

ブロアーが起こす風は複雑な干渉波である程、
地面にへばりついた落ち葉を揺すぶり起こし、
まるで生き物のように踊り出す・・・・

その「落ち葉のダンス」を見ていると
ふと「生命現象とは波である」という言葉を思い出す

2017-09-22 (1)

私たちはいろいろ考える・・・
「考える」と言う自分達の〝脳内の動き〟を自分たち自身で自覚するから
私たちはそれをもって「自分は生きている」と確認している。

 思考の波に目を奪われ続けているから
「生きている」という確証を持ち続ける・・・

でもそれは「ブロアー(吹くもの)に突き動かされた」物理現象に過ぎない
その「目を奪われた」その目… 意識それ自体が私たちであるはずなのに・・・

OSHO 祈るように愛を交わし、それを目撃し続けなさい from Katal Maneel on Vimeo.


(タイトルは「五井野正著「七次元の使者」序文から拝借)

だれでも落ち葉掃き掃除をしたことはあると思う・・・

落ち葉掃きはとても難しい・・・
そしてとても学ぶべき点が多い作業だ

わたしはマキタの充電式ブロアーでやっているが・・・



基本、たとえ竹箒であっても「風の谷のナウシカ」のように
〝風向きの流れを読む〟事が肝心だ

動画の通りブロアーは竹箒よりも効率よく落ち葉を集められるが
それでも〝自然な風の流れ〟に逆らうとバッテリーはすぐに干上がってしまう

しょせん
人工的に作り出した風の流れは自然な風の流れに逆らうことは出来ない
〝逆らう〟のではなく、その流れを上手く読んで、それに準じたガイドをすれば
落ち葉達は面白いように集まってゆく・・・ そこにこの作業の醍醐味がある

落ち葉と戯れる
キュートなライオンの赤ちゃんの撮影に成功。・゚・(ノ∀`)・゚・。

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そして、「自然の風の流れに沿った落ち葉掃き」をする上で次に重要なのが
「最終的にどこに落とし込むか?」だ

回収のために箒やちりとりが上手く使えるところ、
せっかく集めた落ち葉が一陣の風でまた散らかったりしにくい場所、
ブロアーが起こす風が無駄なく無理なく集めやすい〝吹きだまり〟になる処・・・

・・・まるで羊飼いになった気分だ

せっかく集めても、エントロピーの法則で、また落ち葉は四散してしまう
それは落ち葉でも羊たちの群れでも同じだ
そうならないように上手に「羊たち」を追い詰められる場所・・・
そこをよく考えて、キチンと設定しなければ作業は埒が明かない・・・

ブロアーを使いながら、「落ち葉の群れ」をリードしていく作業は
さながら「羊たちの群れ」を吠えながらリードしていく牧羊犬の様だ

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落ち葉掃きという、ごくありふれた日常的な所作の中に

   「流れを意のままに操る ~人事を尽くして・・・」という要素と
        「流れに任せる ~天命を知る」という要素とが
              渾然一体となっている・・・

55.Sex


夢を見た


そのポイントカードは、有名なカードで
誰でも名前は知っているはずだった・・・

そのポイントカードは誰でも持っていて
人生の様々な経験をポイントに還元し、
例えば良いこと、嬉しいことがあるとプラス
悪いことをしたり、苦しいこと、悲しいことはポイントはマイナスされるのだ

わたしはその長い長い夢の中で実に様々な体験をして
そして夢の終わりにそのポイントカードに
ポイントが幾ら溜まったのか?照合してみた

するとそれは「ポイント残高、ゼロ」だった・・・

夢の終わりに呆気にとられながら、わたしは夢から覚めていった・・・

そのポイントカードの名前は誰でも知っている!
たしかカタカナ四文字だったような・・・ でもどうしても思い出せない!!


目が醒め、その長い長い夢を反芻し、
その単純なカタカナ四文字を思い出そうとするがやっぱり思い出せなかった
                  ・・・誰でも知っているはずなのに!

私たちは皆、ゴースト・・・霊だ・・・ゼロであると言うことが本性だ
だから途中のプロセスがプラス幾つだろうがマイナス幾つだろうが
最終的にはその本性、ゼロに戻る、 ・・・と言うことなのだろう



でも、私たちは肉体というシェル:貝殻の中にいる
だからその本性が無限のゼロであっても、「守るべきもの」が発生する
あるいは「守るべきもの」「攻めるべきもの」があるから
鎧をまとったのだろうか?


ghostintheshell640

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